142 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:17:40 ID:jBKxKnWU0 [2/31]
かつて、世界は平らだとされていたらしい。
時は流れ、事実は球体であると何処かの誰かが言った。
始めはバカにされ、罪とまでされていたその考えは、
万人に認められる真実となった。
そして今。
世界はまた、平らになっただけでは飽き足らず、
上と下を入れ替えて存在し続けている。
.
143 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:18:25 ID:jBKxKnWU0 [3/31]
私は上を見る。
緑と茶色、たくさんの青。
多少の変化を見せつつ存在するそれらは、
植物と地面と海、というらしい。
誰に聞いたのかはもう覚えていない。
時々、下から差し込む光を反射して青色がきらりと光る。
キレイだな、と思う。
いい風景だな、とも。
('、`*川「クーちゃんは見上げるのが好きねぇ」
力なく垂れ下がった羽を引きずりながら、
ペニサスさんが私の隣までやってくる。
ここは彼女の雲なのでおかしいことは何もない。
('、`*川「そんなに地面が好きかい?」
川 ゚ -゚)「好きというほどよく知らない」
汚れて灰色じみてきているペニサスさんの羽を一瞥し、
私は再度上へ視線を戻す。
はてさて。このお婆さんと知り合ってからどれだけの時間が経ったか。
一ヶ月近くにはなるはずだ。
別れの日が近づいているだろうことを残念に思う程度には親しくなった。
雲の流れによる別れだといいな。
彼女が落ちていくところは見たくない。
144 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:18:56 ID:jBKxKnWU0 [4/31]
('ワ`*川「そりゃそーだ! アタシが何十年って生きて、
歴史を掻き集めたって上のことはよくわからんものさ」
川 ゚ -゚)「昔の人は歴史の伝え方を間違えたんだ。
おかげで私達は苦労している」
ため息を一つ。
きっと、かつての人間は膨大な記録を残すために、
何を覚え、伝えていくのか、という担当を決めたのだろう。
正直、そんな手間をかけるくらいなら、
本だとかパソコンだとか粘土板だとか、
何かモノを残して欲しかったという気持ちでいっぱいだ。
口伝えのみで受け継がれていく記録にどれだけの信憑性があるというのか。
もはや、話の何割が正しいのかさえ私達には知る術がない。
聞いてきたモノ全てが嘘だったと明かされたのならば、
私は顔を歪めながらも納得してしまうことだろう。
('、`*川「いいじゃないか。
どうせこんな空の中。やることは何もない。
ご先祖様達はそれを見越して、宝探しを作ってくれたのかもしれないよ?」
真っ白な雲と青い空間。
時々、灰色が浮かんだり、赤や紫、濃紺に染まったりもするけれど、
ここには退屈を消し去ってくれるようなモノは何もない。
毎日毎日、似たような景色があるだけ。
145 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:19:33 ID:jBKxKnWU0 [5/31]
川 ゚ -゚)「楽しいゲームとやらがしてみたかった」
('、`*川「あぁ、誰かに聞いたことがあるよ。
こんな小さな機械があって、色々なゲームができるんだって」
川 ゚ -゚)「何それ。機械でやるゲームは初めて聞いた」
私達は大抵、親からたった一つの歴史を受け継ぎ、
それを胸に抱いて広い広い大空へ流れて行く。
先祖代々に伝わる情報を誰かに手渡し、
代わりに別の話を取り入れる。
いつか誰かが大空に伝わる全ての過去を得た時、
ここは変わったりするのだろうか。
いいや、変わらない。
わかっているさ。
家系が途絶えた人もいる。
伝えることを断念された歴史もある。
与えられる情報が断片的で理解し難いことが多いため、
細かなところまで子に伝える過去というのは一つに絞られがちだ。
兄弟でもいなければ片方の家系が受け継いできていた過去は永遠に消えてしまう。
今ある全てを掻き集めたとして、
完全な過去など手に入らないのだ。
穴ぼこだらけの情報なんて、無意味な希望をちらつかせるだけの厄介者だ。
それに縋らずにはいられないこの世界が、
自分がちょっとだけ憎たらしい。
146 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:20:19 ID:jBKxKnWU0 [6/31]
('、`*川「アタシもよくわからないんだけどね。
機械に入れる、ソフト? ってのでできるゲームが違うんだと」
川 ゚ -゚)「手軽に持ち運べ、種類も豊富なんて羨ましいな」
('、`*川「昔の人はすごいねぇ」
聞いた話によると、
私達の祖先は、はるか頭上にある地面、という場所にいたらしい。
素晴らしく発達した文明を築いていたが、
何やかんやと事が起こり、今は空の中にいる、と。
適当にぼかしているわけではない。
単純に、私が聞いたことのない情報、というだけだ。
川 ゚ -゚)「ちょっとくらい、その時代のモノが残っていれば良かったのに」
そうすれば、私だって日がな一日上を見続けなくても済んだ。
服や髪飾りなんてものでお洒落を楽しむこともできた。
退屈に殺されるのではないかと思わずにいられたはずだ。
('、`*川「そうねぇ」
ペニサスさんは私の隣に腰を下ろし、一緒になって上を見る。
長く長く伸びた彼女の髪がさらりと雲の側面を流れた。
いつか私の髪も同じくらい長くなるのだと思うと辟易とする。
せめて切るための道具さえあれば、
もっと楽な長さにしてしまえるというのに。
147 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:21:24 ID:jBKxKnWU0 [7/31]
('、`*川「そういえば、昔はこの雲も水蒸気の塊だから触れないって言われてたらしいねぇ」
川 ゚ -゚)「間違っていたのか、変化が起きてこうなったのか。
答えを知ってる人はいるんだろうか」
白い雲は私達の家であり食料だ。
羽を休め、睡眠をとり、栄養分となって腹に入るこれは、
食べすぎや雨への変化によって容易く姿を失ってしまう。
羽が動く者は空いた雲へ引越しを行うが、
ペニサスさんのような人は雲の終わりが人生の終わりだ。
ぷちり、と雲をちぎって口に含む彼女を見ていると、
死に対する恐怖はないのか、と問いかけたくなってしまう。
('、`*川「探せばどこかにいるかもしれないね。
何てたって空は広いから」
川 ゚ -゚)「限りがないな……」
手入れをする暇があるなら地を見上げているせいで、
私の羽は小汚いしボロボロだ。
せっかく大きめの良い羽なのに、と昔、同い年くらいの子に言われた記憶がある。
彼女は今も元気に空を飛んでいるのだろうか。
('、`*川「あっさり全てがわかってしまったら、
それこそ退屈で死んでしまうよ」
川 ゚ -゚)「一理ある」
148 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:22:04 ID:jBKxKnWU0 [8/31]
いっそ、この羽を広げ、
雲から雲へ移る流浪の民とでもなればいいのだろうか。
最期は力尽きて光のある方へとたった一人で落ちていく。
それもいいのかもしれない。
私は無気力だ。
過去を知りたい気持ちはあるけれど、
いつだって受身で待つばかり。
好奇心に身を任せ、
先へ先へと突き進んで行けるほど、
この空は希望に満ちていないし、夢もない。
('、`*川「……クーちゃん」
川 ゚ -゚)「ん?」
('、`*川「アタシはもうすぐ死んでしまうから」
川 ゚ -゚)「ん」
('、`*川「あなたに餞別をあげようね」
そう言ってペニサスさんが取り出したのは真四角のもの。
たぶん、箱と呼ばれるものだ。
残念ながら私の知識では材質まではわからない。
川 ゚ -゚)「これは……?」
149 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:22:30 ID:jBKxKnWU0 [9/31]
差し出され、触れてみると硬い。
薄茶色で、撫でると少しざらざらしている。
('、`*川「大事なのはこの中身さ」
ペニサスさんが箱の上に軽く触れ、持ち上げた。
どうやら中は空洞になっているらしく、何かを入れておけるようになっているらしい。
川 ゚ -゚)「やっぱりわからない」
('ワ`*川「そうだろうねぇ」
箱の中身が大事と言われても、
私にはさっぱり意味がわからなかった。
硬質な箱の中には、赤いものが二つ並んでいる。
どちらも同じ形をしているので揃いで使うものなのだろう。
上部に穴が開いているやや細長いもの。
入れ物にしては小さいし、
かといって他の用途なんて思いつかない。
('ワ`*川「これはね、クツ、っていうんだ」
川 ゚ -゚)「くつ?」
150 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:23:04 ID:jBKxKnWU0 [10/31]
('、`*川「私の家に伝わるものさ。
こんな遺物まで残してくれて、
ありがたいやら、もっといいものを置いてほしかったやら」
軽く眉を寄せ、苦く笑うペニサスさんは、
二つある赤のうち、片方を取り出す。
('、`*川「こうして、足を守るためのものだったらしいよ」
年をとった足に赤が彩りを持たせる。
川 ゚ -゚)「これで?」
('ワ`*川「どうやら私達の足は小さく小さくなってしまったみたいでね。
本当はもっとしっかりはまるらしい」
雲の上で足をぷらぷらさせれば、
動きに合わせてクツが揺れる。
彼女の足よりもずっと大きいそれは、、
今にも宙を飛び、光の中へと吸い込まれていってしまいそうだ。
('、`*川「昔はクツを履いて地面を歩いたらしいよ。
誰かに聞いたんだけど、服ってのと合わせて、
全身を着飾ったんだとさ」
川 ゚ -゚)「服は聞いたことがあるぞ」
多種多様な布とやらで作られた、体を守るためのもの。
空の上には存在しないものの一つだ。
151 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:23:36 ID:jBKxKnWU0 [11/31]
('、`*川「クツにも種類があって、これはピンヒール、というらしいの」
指が四本は入りそうな隙間を作っていたクツを脱ぎ、
そっと箱の中へと戻す。
('、`*川「女の人が履くもので、歩きづらいけれど、
人を美しく見せるのに適していたとか」
川 ゚ -゚)「確かに、これはキレイだな」
歩く、という行為を知らない私達だけど、
このピンヒールとやらが美しいことだけはわかる。
光を受けて輝く表面。
すらりとした細い棒。
逆側は細く三角を描いている。
('、`*川「……クーちゃんにあげる」
川;゚ -゚)「えっ」
ペニサスさんの言葉に、思わず低い声が出てしまう。
あげる、贈与、プレゼント。
どれにしたって、私に相応しいとは思えない。
先祖から伝わる過去の遺物なんて、
私には荷が重過ぎる。
152 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:24:23 ID:jBKxKnWU0 [12/31]
('、`*川「アタシはずっと一人だった。
たまに会う男の人とも上手くいかなくて、子供もいない」
空は広いようで狭い。
行く場所も出会う人も、全て空に支配されている。
出会った後の選択肢のみが自由であるこの世界で、
彼女は番を作ることができなかった、あるいは拒絶し続けてきた。
どちらを選び続けてきたのかを聞くほど、私はデリカシーがないわけではない。
一つの歴史が静かに息を引き取ることを責めるつもりもない。
私だって今のところ誰かと番いたいなどとは思っていないのだ。
何故、などとは聞いてくれるな。
無味なこの空を厭い、上ばかりを見ている私なのだから。
('、`*川「どうせ終わるなら、
仲良くなった子に貰ってほしいの」
真っ赤なピンヒール。
かつて、私達が地面に在って、
足を使って歩いていた証。
川 ゚ -゚)「私はずっと考えていた」
茶色の地面を見上げる。
153 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:25:11 ID:jBKxKnWU0 [13/31]
川 ゚ -゚)「羽があれば何処へだって行けるのに、
どうしてこんなものがぶらさがってるんだろう、って」
重みのない細い足を軽く動かす。
とっとと退化してなくなってしまえばいいとずっと思っていた。
川 ゚ -゚)「でも、これにもちゃんと意味があって」
恋焦がれる過去と今は繋がっている。
私が要らぬと思っていたものが、
大切な糸であったことをペニサスさんは教えてくれた。
川 ゚ -゚)「私はそれがとても嬉しかった。
できることなら、次に伝えたいとも思う」
クツの入った箱を抱きしめる。
角が肌に食い込み、少し痛い。
川 ゚ -゚)「いただいてもよろしいですか?」
('ワ`*川「もちろん。
クーちゃんならそう言ってくれると思ってた」
しわくちゃの笑顔はとても可愛らしくて、
いつかの未来、私の顔もそうであれと願う。
この箱と話、私の知っている知識。
それとペニサスさん譲りの笑顔を誰かに伝えてみたい。
154 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:25:59 ID:jBKxKnWU0 [14/31]
翌朝。
私が目を覚まし、周囲を見渡すと、
そこにペニサスさんはいなかった。
見知らぬ人。
何度か顔を見たことのある人。
幾つかある雲にはそれぞれ誰かがいるけれど、
その何処にも彼女はいない。
小さくなりつつあった雲が消えたのか。
風に流されていったのか。
川 ゚ -゚)「……さようなら」
もう、二度と会うことはない。
私はクツの入った箱を抱きしめる。
身軽な周囲の人々とは違い、
荷物を抱えてしまった私だが、後悔はない。
むしろ自慢したいくらいだ。
宝物を胸に私は地面を見上げ、
クツを華麗に履きこなし、地面を歩く姿を夢想する。
音は、感覚は、見える風景は。
何一つ、確かなものはなく、
全てが想像の域を出ないけれど、とても楽しい時間だった。
155 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:26:30 ID:jBKxKnWU0 [15/31]
一日、また一日。
無為な時間が過ぎていく。
風が吹き、雲が流れ、
地面の色が変わっていくのを見守る。
時間が経つにつれ、
私の中からペニサスさんが薄れていく。
悲しみを覚え、何度も何度も彼女の笑顔と声を脳裏に浮かべた。
それでも、全てを押しつぶさんとする空虚の猛攻に耐えることはできない。
貰ったもの達が無駄になってしまう。
私はそれがとても恐ろしかった。
川 ゚ -゚)「何か、変えないと」
自由のないこの空で。
少しでもいい。
変えることができたのなら、
空虚に飲まれて無に変えるなどという愚を冒さずに済むに違いない。
私は羽を広げ、
力強く動かす。
ふわりと浮かぶ体。
下に見える光と上に見える地面。
156 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:26:55 ID:jBKxKnWU0 [16/31]
川 ゚ -゚)「少しでいい。
今よりも、近づければ」
飽きもせず眺め続けていたというのに、
私は地面に近づこうとはしなかった。
遠く遠くに見えるそれのもとへたどり着けるとは思っていなかったし、
無駄に労力を使うことをしたいとも思えなかった。
けれど、今。
私は地面へと向かう。
川;゚ -゚)「この、退屈で、つまらなくて、無意味な空から、
少しでも離れたい。私は、地面を知りたい」
手にはペニサスさんから貰った箱。
真っ赤なピンヒールが似合う、あの場所を目指すのだ。
これを置いては行けない。
川;゚ -゚)「あぁ、頼む。私を、どうか、そちらへ……!」
お笑いだ。私は、ペニサスさんを思って上を目指したわけじゃない。
高く高く飛び上がり、気づいてしまった。
ペニサスさんもピンヒールもただのきっかけだ。
私は、私は。
川;゚ -゚)「嫌なんだ! こんな空は、もう!」
羽が動く。
世界が、回る。
川 ゚ -゚)「――え?」
157 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:27:23 ID:jBKxKnWU0 [17/31]
引き上げられる。
上がって、上がって、どこまでも。
こんな速度、羽を全力で動かしたって出やしない。
体が重い。
羽が動かない。
風が痛い。
上がる。上がる。上がる。
違う。
落ちる。落ちてる。
私は、今、落ちてるんだ。
空は上。
地面は下。
光は遥か彼方、上の上。
天と地がひっくり返る。
私は落ちる。
何処までも。
いいや、地面まで。
落ちたらどうなるんだろう。
光に落ちれば死ぬと聞く。
地面は?
死ぬのか?
手から箱がこぼれ落ちる。
落ちる。私も、落ちる。
158 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:28:17 ID:jBKxKnWU0 [18/31]
_
( ゚∀゚)「天使一人ぃ!」
男の低い声。
誰だ。
落ちてる私の耳にどうして彼の声が聞こえる?
もう空よりも地面の方が近いのに。
川 - )「うっ」
空気が肌を撫でてゆく感覚が消え、
代わりに重い痛みが体を走る。
痛い。
と、いうことは。
川 ゚ - )「――生きてる?」
死ねば全て消える。
体も羽も重くて碌に動かせやしないけれど、
着地の衝撃で鈍い痛みを感じているけれど、
私は生きている。
力なく倒れたまま、深く息を吸い込み生を実感する。
見上げた空は薄く青い。
あそこに、私はいたのか。
ずいぶん遠くまで来てしまった。
159 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:28:44 ID:jBKxKnWU0 [19/31]
_
( ゚∀゚)「よう、天使さん」
川 ゚ -゚)「……天使?」
緩慢に体を転がし、
私を見ている男へと目を向ける。
大部分が肌色である私と違い、
彼はオレンジ色と赤という奇妙な配色だ。
もっとも、それらの色は皮膚とは別のもののようで、
病気であることを疑う必要はなさそうだけれど。
_
( ゚∀゚)「何年か何百年か。
頻度は全く決まってないけど、
あんたみたいに空から降ってくる人間がいるんだ」
男は私から目をそらし、
肩をすくめて見せた。
_
( ゚∀゚)「オレ達は空からきた人を天使、と呼んでる」
川 ゚ -゚)「なあ」
_
( ゚∀゚)「運が良かったぜ。
天使用に設置してるネットに上手く引っかかったんだからな。
下手すりゃ地面とぶつかってトマトになってたところだ」
川 ゚ -゚)「どうして私を見ないんだ?」
160 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:29:38 ID:jBKxKnWU0 [20/31]
トマト、という言葉はよくわからなかったけれど、
私は単語の意味を問うよりも先に現状に対する疑問を口にする。
人の目を見て話しなさい、と言うつもりはないが、
そうあからさまに視線を反らされるのは愉快ではない。
_
( ゚∀゚)「……あのな」
川 ゚ -゚)「ん?」
相変わらず男はそっぽを向いたまま口を開く。
_
( ゚∀゚)「目に毒なんだわ」
川 ゚ -゚)「毒? 何がだ」
少なくとも、私は自身に毒性が付与されているとは思っていない。
空と地面では違いもあるだろうけれど、
見ただけで死ぬような毒なんて流石に持っていない、はず、だ。
_
( ゚∀゚)「とりあえずこれ着……あー、
上半身起こして、手を上げてくれるか?」
川 ゚ -゚)「うぅ……、ちょ、っと、待て、よ」
行動よりも先に何故、と問いたいが、私はぐっと我慢する。
ここで問答をしたところで、きっと私が欲するものは返ってこない。
素直に従うことで話が早く進むのならばそれに越したことはないだろう。
161 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:30:15 ID:jBKxKnWU0 [21/31]
川 ゚ -゚)「ほれ」
どうにも体が重い。
上半身を持ち上げるだけでも一苦労だ。
地面とはこんな窮屈なのか。
男はずっとここで暮らしているのか?
おや、よく見れば羽がない。
彼は飛ぶこともできないのか。
だとすると移動は、あぁ、そうか。
足か。そう。彼には足があって、歩くことができる。
_
( ゚∀゚)「羽がちょっと邪魔だなぁ。
んー、背中のとこちょっと破くか」
男は上半身のオレンジ色と赤色を取り去り、
私よりも少し浅黒い肌を露出させた。
抜け殻をわずかに眺めた後、彼は背面に当たる部分を破く。
_
( ゚∀゚)「じゃあはい、どーん」
川 ゚ -゚)「うお」
棒読みの効果音と共に彼は鮮やかな色で私を包み込む。
暖かい。
雲よりも硬く、ざらざらしているけれど、
この鮮やかな色は柔らかに私を守ってくれている。
162 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:30:53 ID:jBKxKnWU0 [22/31]
_
( ゚∀゚)「それ、服って言うんだ」
川 ゚ -゚)「服……。
知ってるぞ!」
肌に触れているものを手に取る。
そうか。これが、布で、服なのか。
男の服は大きく、私の太ももまでをすっぽりと覆い隠してしまえる。
_
( ゚∀゚)「そっちにはない感覚だってのは話に聞いてるんだが、
こっちでは裸ってのは他人にそう見せたりしないもんなんだ」
川 ゚ -゚)「ほう」
_
( ゚∀゚)「あんたはオレに体を見られても恥ずかしくないのかもしれないけど、
オレの方が変な気分になっちまう。
わかってくれるか?」
正直、私には理解できない。
生まれてからこの方、服なんて見たこともない人生だった。
誰もが裸だったし、それが当然だと思っていた。
この体を見られることが恥ずかしいなんて、
説明されたってちっともわからない。
服というものに不快感はないが、多少の窮屈さは感じる。
けれども、私がそう答えれば男は困ってしまうのだろう。
163 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:31:17 ID:jBKxKnWU0 [23/31]
川 ゚ -゚)「……わからないが、わかった」
_
( ゚∀゚)「心遣い感謝するよ」
男は小さく笑う。
私が納得しているわけではないことを彼は否定しない。
川 ゚ -゚)「聞いてもいいか?」
_
( ゚∀゚)「いいぜ。でも、あんたをそこから降ろしながらでも?」
川 ゚ -゚)「勿論」
信じられない重量感を持った手を男へ伸ばせば、
彼は私の脇に手を差し込み、抱きしめるようにして体を持ち上げる。
力強い腕は、私自身が感じているだけの重みなど一枚の羽程度でしかない、とでも言いたげだった。
空の上で出会った男達の中にも力自慢はいたが、
きっとこの男と並べれば比較にならぬ貧弱さに違いない。
川 ゚ -゚)「地面にも人間がいるのか?」
_
( ゚∀゚)「いるぜ。そりゃもうたくさん」
何処へ向かうのだろうか。
男は私を抱きかかえたまま、迷うことなく足を進めている。
川 ゚ -゚)「本はあるのか? ゲームは? 車は?」
_
( ゚∀゚)「お、色々知ってるな。
残念ながらあるのは本だけだ。他二つはまだ未完成」
164 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:31:53 ID:jBKxKnWU0 [24/31]
羨ましい。
素直に思う。
私達が不安定な口伝えでのみ過去を繋げているのに対し、
ここにいる人間達は変わらぬ物を通すことができる。
どこかで情報が歪んでしまう可能性があるにしても、
それは口伝えよりもずっと低確率であるはずだ。
川 ゚ -゚)「本、読んでみたい」
_
( ゚∀゚)「まずは字を覚えるところからだな」
ゆらゆら、ゆらり。
男に抱えられて見る世界はとても色鮮やかで、
空とは全く違っていた。
茶色、青、赤、黄、緑、白、黒。
たぶん、あれが壁で屋根。
土と植物と花。
_
( ゚∀゚)「世界がいつ変わっちまったかはオレらもまだわかってない。
残された遺物を探し出して、研究して、
やっとここまできた」
最も栄えていたという時代には程遠く、
けれども人間は地面に足をつけて生きている。
165 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:32:25 ID:jBKxKnWU0 [25/31]
_
( ゚∀゚)「きっと、いつかは空も飛べる」
川 ゚ -゚)「空くらい飛べるだろ」
伊達に二十何年の時を空で過ごしていたわけではない。
願わずとも空はいつだってそこにあった。
飛ぶという行為は生きることと同じくらい、
私にとって当たり前のことなのだ。
だが、ここでは違っている。
男は私の言葉に呆れたような笑いを交えた声を返してきた。
_
( ゚∀゚)「そりゃあんただから言えることさ。
だがな、よーく考えてみろ。
今のあんたは腕一つまともに動かせない。
空とここじゃ重力ってやつが違ってるせいだ」
川 ゚ -゚)「じゅーりょく」
_
( ゚∀゚)「オレも詳しくは知らないんだが、
地面に向かう力のことらしい」
何だそれは。
話にも聞いたことがない。
地面に向かう力。
あぁ、だから私は「落ちた」のか。
166 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:33:04 ID:jBKxKnWU0 [26/31]
_
( ゚∀゚)「空とは違う力のかかり方をするから、
こっちにきた天使はまず体を動かす練習からしなきゃならんのだと」
男は私の足を軽く叩く。
痛くはないが何となく愉快ではなかったのでどうにか足を振り、
彼の手を追い払うような仕草をしてみせる。
_
( ゚∀゚)「弱っちくてほっそい足。
歩くどころか立つことだっててきないだろ」
言われて私は下を見た。
地面を蹴り、前へ進む男の足は、
私のものの倍をゆうに超える太さを持っている。
なるほど。地面ではこれだけの足が必要だというのならば、
ペニサスさんに見せてもらったクツのサイズにも納得がいく。
川 ゚ -゚)「……立てるようになるか?」
_
( ゚∀゚)「ゆっくり訓練すればな」
立つ。
歩く。
私が、地面に。
川 ゚ -゚)「私は、ここのことを何も知らない」
自分達とは違う人間がいることさえ。
きっと、ここに残されてる知識や技術だって、
初めてのことだらけのはずだ。
167 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:33:28 ID:jBKxKnWU0 [27/31]
川 ゚ -゚)「迷惑もいっぱいかけると思う」
男の肩を強く握る。
怖い。
何もわからないような場所で一人になりたくない。
動くことすらできない私は、
この男に見捨てられれば死を待つことしかできないのだ。
川 ゚ -゚)「でも、頑張るから。
何をすればいいのか、まだわからないけど、
頑張るから、私に付き合ってほしい」
私の脳裏に赤いピンヒールが浮かぶ。
落ちている最中に手放してしまったアレは、
何処へ行ってしまったのだろうか。
ペニサスさんからもらった大事なものなのに。
_
( ゚∀゚)「いいぜ」
男が返事をする。
川 ゚ -゚)「いいのか」
_
( ゚∀゚)「あんたが願ったんだろ。
そんな意外そうな顔するなよ」
168 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:34:03 ID:jBKxKnWU0 [28/31]
嬉しいか否かと聞かれれば、とても嬉しい答えだ。
地面事情はよくわからないけれど、
何も知らない、できない人間を一人、面倒を見るのは楽ではないはず。
にも拘わらず、男は快諾してくれた。
少しの、疑念は、ある。
_
( ゚∀゚)「もしかすると、オレ達が見つけれてない過去を天使は知ってるかもしれない。
だから、オレ達は天使を歓迎する。
放っておいたら死んじまうってのも目覚めが悪い」
男は足を止め、空を見上げる。
私がいた、青いそこは彼の目にどう映っているのだろうか。
_
( ゚∀゚)「空を飛ぶ機械が完成したら、
天使を空に帰してやるか、
逆にこっちへ誘ってやるかするのがオレの夢なんだ」
その前に考えなきゃいけないことも多いけどな、と男は笑う。
よくはわからないが、
地面側があまり無茶をして環境を悪くしてしまうと、
空の上で食料になっている雲にも影響が出てしまうらしい。
今までの研究と天使からの情報でそういったことが判明している以上、
性急な実験や発掘、解読といった作業は推奨されていないそうだ。
見たこともない場所や人のことを思えるなんて、良い人達だ。
169 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:34:31 ID:jBKxKnWU0 [29/31]
川 ゚ -゚)「……私、ここに来る前に落し物をしたんだ」
_
( ゚∀゚)「落し物ぉ?」
川 ゚ -゚)「真っ赤な、ピンヒール」
_
( ゚∀゚)「ヒールって、あんたらは歩かないだろ?」
川 ゚ -゚)「空の知り合いが持ってて、譲ってもらったんだ」
_
( ゚∀゚)「ほーん」
男はくるりと振り返り、海を見る。
必然、陸を見ることになった私は向こう側に広がる世界に胸を締め付けられた。
自分の足であそこを歩きたい。
地面を踏み、進み、何処までも。
_
( ゚∀゚)「一応、知り合いに声はかけておいてやるよ」
川 ゚ -゚)「ありがとう」
_
( ゚∀゚)「もし見つからなかったら、
悪いけど代わりのもんで我慢してくれよな」
致しかたのないことだ。
海は、広い。
空も飛べない人間が小さな箱を探し出すのは難しいだろう。
170 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:35:47 ID:jBKxKnWU0 [30/31]
川 - -)「あぁ……」
さようならの餞別を失ってしまって申し訳ない。
ペニサスさんに心の中で謝罪を送る。
代わりにはならないかもしれないが、
私はここで、空にいたままでは得られなかったモノを得ようと思う。
背中を押してくれたのはあなたと、あのピンヒールでした。
一生涯私は忘れません。
空虚がないこの場所なら、押しつぶされることなく私の心に残り続けるはずだ。
_
( ゚∀゚)「あんたのサイズにちゃーんと合わせたスニーカーを歩行記念に。
この町を自由に歩けるようになったらパンプスを。
駆けまわれるだけの力と女性としての気品が身についたらピンヒールを送ろう」
それは、それはなんて。
川*゚ -゚)「素敵だな」
想像しただけで私の胸が高鳴って止まない。
天高く、あの光に落ちたか、広い広い空を行き続けるペニサスさん。
どうか見ていてください。
あなたのくれたあのピンヒール。
きっとあの輝きには劣るけれど、
私に合わせた靴を履き、私は地面を行きます。
今、私は生きています。
川 ゚ -゚)は地面を踏みしめるようです
了
( ^ω^)文戟のブーンのようです[2ページ目]PR