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劣等人間のようです

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◆UJEaB9eZsVvR→◆p9o64.Qouk の酉でVIPを中心に投下してるブーン系作者のブログ。
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追記に自作品一覧。


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( ゚∀゚)ドラゴンと紡ぐ前日譚のようです 後編

388 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:36:45 ID:oNhpAIMg0 [27/49]
  
優しく卵を撫でるその仕草に、ペニサスは手を叩いて笑う。

('ワ`*川「何だい。気が乗らない、みたいな顔しておいて、
     結構、良いお父さんをしてるじゃないか」

そこいらにいる魔物ごときがドラゴンの卵へ傷をつけられるはずがない。
一筋、数ミリの損傷さえなく、むしろジョルジュの体を守るための盾とすらなるだろう。

料金は国がもってくれるとはいえ、
わざわざ女性客の多い店に足を踏み入れてまで用意するものではない。
 _
(;゚∀゚)「やるなら最善を尽くす男なんだよ。オレは」

(うワ`*川「はいはい。そういうことにしておいてあげようかねぇ」

零れた涙を拭い、ペニサスは席を立つ。
丁度良いものがあるのだろう。
  _
( ゚∀゚)「ついでによぉ。
    ドラゴンに耐性のあるやつも一つくれ」

('、`*川「そんな高価なものがうちにあるわけないだろ」

強大な力に対抗しようと思えば、相応の質と技術が求められる。
さらにドラゴンは数が少なく、比例して買い求める冒険者も少ない。
需要と数が減れば生産が減り、個々の値段が上がっていく。

特に耐ドラゴンといえば専門家に金を積んでようやく受注できるような品だ。
王が住まう城があるわけでもない町の店で売っているはずがない。

389 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:37:13 ID:oNhpAIMg0 [28/49]
  
('、`*川「ほれ、あんあにはこれがお似合いだ」
  _
( ゚∀゚)「これは?」

投げ渡されたのは揃いの魔石がついたペンダントと長い紐。
ペンダントの方は魔石が緑であることに合わせたのか、リーフ型をしていた。

('ワ`*川「引き合わせる効果を付与してある。
     ダンジョンや森なんかでパーティがバラバラにならないようつけておくものさ」

強い魔物が跋扈する場において、分断は死に直結する。
そんな時、一つの魔石を砕いて作られたこれらを身に着けていると、
自然と合流するよう体が動くらしい。

('、`*川「互いが効果を正しく認識することが発動の条件だから、
     卵に利くかはわからないけど、まあお守り代わりだよ」
  _
( ゚∀゚)「願掛けみたいなもんだな」

そう言いつつ、ジョルジュはペンダントを首に通し、卵に紐をくくりつける。
灰色の中に輝く緑は、良い具合に趣があり、見栄えも良い。

('、`*川「で、お求めのものはこっち。
     物理耐性だと、孵化の邪魔になるかもしれないから、
     魔法耐性と状態異常耐性にしておきな」
  _
( ゚∀゚)「あー、孵化の邪魔になるってのは考えてなかったな」

手渡されたのは肌触りの良いスカーフだ。
布の端に小さな魔石が縫い付けられている。

390 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:37:40 ID:oNhpAIMg0 [29/49]
  
('、`*川「マントみたいに可愛らしく結んでやったらどうだい」
  _
( ゚∀゚)「こうか?」

('ワ`*川「あぁ、良いねぇ。
     さっきの魔石との相性も良いみたいだ」

薄い黄緑色のスカーフと緑の魔石は灰色を半分以上隠しており、
無機質で冷たい印象があった卵に温度を与えてくれている。
ジョルジュも数秒眺め、満足げに頷いた。
  _
( ゚∀゚)「この三つを貰うわ」

('ワ`*川「まいど。良い買い物したね」
  _
( ゚∀゚)「店主が言うか? 普通」

('ワ`*川「言うさ。自分の作った物に自信があるからね」

ケラケラと二人は笑いあう。

('ワ`*川「次はその子が孵化した時に来な。
     防御でも攻撃でも、ぴったりはまりそうなものを作ってあげよう」
  _
( ゚∀゚)「孵化したら金はオレ持ちになるからやめとく」

('ワ`*川「おや! ケチは父親だこと!」

391 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:38:05 ID:oNhpAIMg0 [30/49]
  
他愛もないやり取りを終えたジョルジュは、
仕事のために己の装備を整えに向かう。

刃こぼれし始めていた愛剣を鍛冶屋に出し、
ダメになった服の変わりを購入する。
自分の懐が痛まぬということもあって、常よりも長く品を見て回り、
多くを買ってしまったのはご愛嬌というやつだ。

帰り道にミルナの店で注文の品を受け取れば、
丸一日をかけた準備が全て整う。
  _
( ゚∀゚)「ピッタリじゃねぇか」

( ゚д゚ )「そりゃな。仕事を請けたんだ。きっちりさせてもらう」

触り心地の良い毛皮が張られた中に卵を入れ、
派手に動いても転がり落ちることのないようベルトでしっかりと固定する。
肩への負担も軽減されるよう設計されており、違和感を最小限に抑えてくれていた。

これならば卵を抱えたまま討伐の依頼を受けても問題ないだろう。
  _
( ゚∀゚)「急な仕事でこんな変則的なもん作らせて悪かったな」

( ゚д゚ )「気にするな。ままあることだ。
    それに、神聖な卵を守るための仕事だと思えば、名誉ですらある」

いつもピクリとも動かぬミルナの表情だが、今ばかりはどこか柔らかく思える。
ジョルジュは再度彼に礼を良い、店を後にした。

392 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:38:25 ID:oNhpAIMg0 [31/49]
  
人間は十月十日でこの世に生まれ出る。
ならばドラゴンは。

ジョルジュがドラゴンの卵を拾ってから、
早くも二ヶ月が経過していた。

('A`)「お、今日は休みか?」
  _
( ゚∀゚)「まあな。昨日、結構稼げたから」

部屋から出たところでドクオと鉢合わせる。
あの日、受付嬢との間に入ってくれた彼は、
一年ごとに拠点とする町や国を変える生活を送っているらしい。

ギルドに住み込んでいるジョルジュとは殆ど毎日顔を合わせており、
互いに他の国や手ごわく思った魔物についての情報交換を行っている。
  _
( ゚∀゚)「今日はゆっくり図書館でも行くかなぁ」

('A`)「はは、卵を捨てようと思っていたヤツと同一人物とは思えんな」

諦めがつけば行動も変わる。
一つの行動が変われば未来も変化していく。

卵と共に町周辺の討伐や採取を行っていくうちに、肩にかかる重みに愛着もわき始めた。
寝るとき以外は常に提げているためか、卵を降ろした瞬間など、喪失感さえ訪れる。

393 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:39:08 ID:oNhpAIMg0 [32/49]
  
衣食住にかかる料金の殆どを国が負担してくれている、というのも大きく、
ギルドの依頼で得た金銭は全てジョルジュの懐に収まり続け、
孵化後も数ヶ月は遊んで暮らせるだけの貯金となっている。

状況としては非常に美味しく、
ギルドを訪れる冒険者達は皆、ジョルジュのことを羨ましげに眺めていた。

('A`)「どんなドラゴンが生まれてくるのかねぇ」
  _
( ゚∀゚)「ぶっちゃけ、字を読むのとか面倒だから細かくは見てねぇけど、
     さーっぱりわかんねぇわ」

生活に余裕が生まれ、非日常が日常へと変化すれば、
脳は自然と先々のことについて深く考えるようになる。

孵化したドラゴンの種類。
一方的な凶暴性を有した種は少ないのだが、
ジョルジュは今現在、判明している情報だけが全てでないことを知っている。

自身や周囲に危険が及ぶのであれば即時の討伐が必要だ。
高い防御力を有しているドラゴンとはいえ、
生まれたての間であれば多少は弱体化しているはず。
討てる瞬間を見逃してはならない。
 _
(;-∀-)「温厚なヤツだったらヤツだったで悩みどころだし」

394 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:39:36 ID:oNhpAIMg0 [33/49]
  
深いため息をついたジョルジュに、ドクオは笑いを返す。

孵化後のドラゴンについてこの国は関与しない。
全てはジョルジュの一存であり、生かすも殺すも彼しだい。

部位に分けるのであれば売るにせよ、
武器防具へと作り変えるにせよ人を見繕っておく必要がある。

パートナーとして傍に置くのであれば、
ドラゴンを連れていても問題のない国を頭に叩き込んだ上で、
食べるものを始め、小まめに面倒をみてやらなければならない。

その場の勢いだけで全てを決めてしまうには重過ぎる選択だ。
命という概念に込められたもの、ジョルジュの抱いた情。
共に量りにかけることはできずとも、確かな重量を持っている。

('A`)「でも決めるなら早いほうがいいだろ」
  _
( ゚∀゚)「わかってっけどさ~」

先延ばしにすればするほど、
肩にかかる重みへの情が蓄積されていく。
育てる覚悟もないままに孵化を待つのは互いのためにならないだろう。
  _
( ゚∀゚)「散々周りから言われてるのもあってさ、
     運命的なもんも感じちまうんだよ」

395 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:40:34 ID:oNhpAIMg0 [34/49]
  
そもそも、ジョルジュが卵を抱えるはめになったのは、
自身のメモを読み違えたことに起因する。

あの森の中で卵を見つけた時、
この国では発見者が孵化まで卵を所持していなければならない、と知っていれば、
間違いなく何も気づかなかったことにしてジョルジュはギルドへ戻っていた。

今頃は次の国へ行き、大金を得られるわけではないが、
食うには困らぬ生活を続けていたことだろう。
 _
(;-∀-)「んー」

('A`)「……ま、お前らにとっての最適が選ばれることを願っててやるよ」
  _
( ゚∀゚)「おう。サンキュな」

悩みの種を改めて認識させられたところで、ジョルジュは図書館へと向かう。
ページを適当にめくり、気になるところにだけ目を通すような読み方であったとしても、
都度都度に思案を挟めば時間もかかる。

(;´・ω・`)「た、大変だ!」

今、まさに手をかけようとしていた扉が勢いよく開き、
一人の冒険者がジョルジュに体当たりをかます。
 _
(;゚∀゚)「うおっ!」

何の心構えもないところへやってきた衝撃にジョルジュはたたらを踏むもどうにか転倒を避け、
やけにボロボロな姿をしている冒険者へ目をやった。

396 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:41:01 ID:oNhpAIMg0 [35/49]
  
(;´・ω・`)「すまない!
      でも、それどころじゃなくて――」

男が次の言葉を告げるより先に、外から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
  _
( ゚∀゚)「何だ!」

依頼を受けぬ日も欠かすことなく装備している剣を抜き、素早く外へと飛び出す。
何か有事があったことは確定しているのだ。
わざわざ男の説明を待つ必要もあるまい。

('A`)「こりゃ、大変だ」

続けて飛び出してきたドクオは剣を片手に顔を歪める。

逃げ惑う町の人々と、懸命に対抗する警備兵。
彼らに襲い掛かるのは中獣型の魔物だ。
狼と類似した姿であるが、額から生えた一本の角は普通の獣が持ちうるものではない。

角に魔力を溜めることで魔法を放つこの魔物は、群れを成す特徴がある。
はぐれたものの討伐ならば難しいものではないけれど、
現在、ジョルジュとドクオの目に映っているのは大群。
ギルドへの依頼となればかなりの高額になるであろう難易度の高さだ。
 _
(;゚∀゚)「とにかく助けねぇと!」

('A`)「だな」

397 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:41:29 ID:oNhpAIMg0 [36/49]
  
町に魔物が侵入し、人々を襲っている場合、
その場に居合わせた冒険者が対処するというのが常識だ。
守りに重きを置いている警備兵が魔物を討伐できるはずもなく、
だからと言って、目の前で人が食い散らかされているのを傍観しているわけにもいかない。

正式な依頼の手続きを踏んでいるわけではないため、
強制力は持たないものの、町を救ったという名誉と、
討伐に参加した、という裏づけさえとれればそれなりの報酬も与えてもらえる。

冒険者側にデメリットがあるとすれば、命を賭けなければならないという一点につきた。
しかし、それは冒険者として名乗りを上げたときから覚悟しているはずの部分。
命惜しさで退いてしまうような人間は元より冒険者に向いていない。
  _
( ゚∀゚)「ここはオレ達が引き受けた!」

警備兵に飛び掛る魔物を切り捨て、
町の人々の避難を手助けするよう告げる。

ジョルジュに続き、幾人かの冒険者が既に町のあちらこちらへ向かっており、
他の警備兵達も手助けを受けているはずだ。

すまない、という言葉を背中に聞きながら、ジョルジュは剣を振るう。
連携の取れた攻撃は厄介なもので、
牙と爪を用いた接近戦と遠距離から放たれる中級魔法の合わせ技を前に、
敵の数を迅速に減らすことは困難なことであった。

('A`)「……ちょっと、ここおかしくないか」

398 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:41:53 ID:oNhpAIMg0 [37/49]
  
ドクオが呟く。
片手剣を振るい続けた彼は返り血塗れで、
平和に生きる町の人が目にすれば卒倒してしまうような有様だ。

おそらく、自分も同じようなものだろう、と苦く笑いながらジョルジュはドクオの言葉に耳を傾ける。

('A`)「他と比べて数が多い。
   まるで、何かを守るように」
  _
( ゚∀゚)「そう、かぁ?」

一体を切り捨て、ジョルジュは周囲を見た。
路地の隙間から見える先や、少し離れたところにいる魔物の数に差があるようには思えない。
どこもかしこも魔物だらけで冒険者が不足している。

('A`)「オレにはわかる。
   気配が、ここに固まってる」

特殊なスキルでも身につけているのか、
彼は目の届かぬ範囲にある魔物の気配を感じ取っているらしい。
ジョルジュは片眉を上げ、ドクオからもたらされた情報について考える。
無論、その間も魔物を倒す手足を止めることはない。
  _
( ゚∀゚)「守る? 攻めてきてる側が?
     一体何を、何から」

守るといえば宝。子供。縄張り。

399 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:42:42 ID:oNhpAIMg0 [38/49]
  
(;'A`)「ジョルジュ! わかったぞ。
    こいつらが守っているのは――」

瞬間、群れの中から一頭の魔物が飛び出す。
他の個体よりも一回り大きいそいつは真っ直ぐジョルジュへと向かってきた。
 _
(;゚∀゚)「群れのボス、か!」

赤く染まった爪が彼の首を捉える寸前のところで愛用の剣がその進路を阻む。
激しい音が鳴り響き、互いに込めた全力の力が今もギチギチと嫌な音をたてている。

(;'A`)「とんだハズレくじだ」

大群を相手にするというだけで、骨が折れる仕事であるというのに、
さらにボスまで相手にせねばらないとなれば、骨の一本や二本では済まされない。

体の大きさは見せかけのものではなく、毛皮の下に貯えられた筋肉を示しており、
剣先を食い込ませることさえ難しそうだ。

一度に溜められる魔力も多いのだろう。
額から生えた角は厳つさを増しており、上級魔法程度ならば容易に放ってきそうな予感さえある。
 _
(;゚∀゚)「こりゃ、ちとやべぇな」

400 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:43:46 ID:oNhpAIMg0 [39/49]
  
すぐ傍にいるとはいえ、
ドクオはひっきりなしに追加されていく手下達を相手取るので精一杯。

ボスの相手はジョルジュ一人に託された状態だ。
それも、一対一の戦いなどというお行儀の良いものではない。
相手は周囲にいる手下に指示を出し、ジョルジュを翻弄しては隙を突いて攻撃をしてくる。

非常に不味い。
場を落ち着けることに成功した冒険者の援護を待ちたいところではあるが、分が悪すぎる賭けだ。
 _
(;゚∀゚)「クッソ」

雑魚の爪をはじき、切り捨て、飛び掛るボスを抑え込む。
距離を開けては放たれる魔法をどうにか避け、その先に待ち受ける手下を一突きにする。

致命傷を負うまではいかずとも、
小さな傷がジョルジュに蓄積されていく。

(;'A`)「死ぬなよ!」
 _
(;゚∀゚)「保証しかねるな」

ジョルジュが死ねば、次の標的はドクオだ。
見知った仲の人間が命を落とす光景も見たくないが、
自身の保身も十二分に存在した声かけであった。

401 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:44:15 ID:oNhpAIMg0 [40/49]
  
猛攻を避け、防ぎ、倒し、また顔を突き合わせては離れる。
繰り返される行動はジョルジュの体力を奪っていく。

荒れた息は肩を揺らがせ、剣先を鈍らせる。
避けるため、蹴りあげるための足は震え、思ったように動かない。
 _
(;゚∀ )「そろそろ、退いて、くんねぇかなぁ!」

慣れ親しんだ剣が重く感じる。
振り上げ、降ろすだけの行為が億劫だ。

数が減っているのは目算でも勘定できるのだが、
あと一歩、と言うには多すぎる。
群れのボスを守るべく、他の場所からも手下達が集まってきているのだろう。

どこでこれほどの数が繁殖していたのかは知る由もないことだが、
この戦いを終えた後は大規模な部隊が編成され、
周辺地域の調査が行われるに違いない。

死から少しでも目を背けるため、
ジョルジュは自身が生き残った後のことを考える。

戦いに集中する部分と、生にしがみつくために未来を思う部分。
この二つに思考を占領されたジョルジュは、パキリ、と小さな音がしたことに気づかない。

402 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:44:37 ID:oNhpAIMg0 [41/49]
 _
(;゚∀ )「しつけぇな!」

何度目かの突撃を剣で受け止める。
出血と疲労により、力を失いつつある彼の腕は、
ボスの爪を顔の間近にまで寄せることを許してしまった。

あとわずか時間が経てば、
太く鋭い爪がジョルジュの顔を引き裂く。

ドクオの叫びが遠くに聞こえた。
こちらのことを心配してくれているらしいが、
そろそろ己のことを真剣に考える時期がきている。
  _
(; ∀ )「まだだ。オレは負けねぇ。
     こんなところで死ぬつもりは、ねぇんだ」

爪を弾くと同時に飛び掛る手下を切るも、命を奪うまでには至らない。
胴体から血を流しながら、敵は再度の攻撃を図る。

重い腕を動かし、向けられた爪を受け止めた。
響くのは金属と爪がぶつかり合う硬質な音のはず。
否、それも確かにあった。

しかし、それ以上の音をたてたものがある。
  _
( ゚∀ )「――卵が」

403 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:45:00 ID:oNhpAIMg0 [42/49]
  
どのような金属よりも硬いものが割れる。
ヒビを広げ、隙間を作り、破片を地面へ落とす。

見惚れることができたのは瞬きの間だけ。
数度、激しい音を立てた後、卵は勢いよく破片を周囲へ散らし、
中にいた存在は宙へと飛び出した。
  _
( ゚∀ )「生まれ、た」

緩く巻いていたスカーフと魔石が落ちていく中、
ジョルジュは世界に生まれ出たばかりの存在を見つめる。

真っ白な鱗。
背には柔らかで細やかな毛。
一等長い尾は先へ行くにしたがい細く、鋭くなり、
先端は刃のようなきらめきを有している。

神々しささえ感じられる体に対し、
彼、もしくは彼女が持っている瞳は血の赤だ。

ドラゴンは広げた羽を持って宙に浮かび、周囲をぐるりと見渡す。
冒険者であれば、その瞳が何を意味するかすぐに理解できる。
自身の敵を見定め、攻撃する前段階だ。

('A`)「来る」

零された言葉と共にドクオは地面へ伏せる。
既に周囲の魔物達の視線はドラゴンへと集中しており、彼など意識の外側だ。

404 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:45:32 ID:oNhpAIMg0 [43/49]
  
ひと羽ばたき。
ドラゴンの姿が消える。
 _
(;゚∀ )「うおっ!」

ジョルジュの周囲で血が飛び散った。
彼らの首は最小限のであるが致死となる傷を負わされている。

鉄錆びた臭いを滴らせた魔物達は次々に地面へ倒れ、
命なき肉塊へと成り果てた。
  _
( ゚∀ )「すっげぇ」

惨状は生まれたばかりのドラゴンによるものだ。
的確に首筋を切り裂く様子を目視することはできないものの、
一筋の線となった白色を追うことはできる。

殆どの手下が死に絶え、何匹かが逃走したところでドラゴンは再度ジョルジュの前に現れた。
ボスを見据えた小さなドラゴンの背はサイズ感と裏腹に頼もしいものである。

互いに退く気はないらしく、ドラゴンの唸り声を聞いても眼前のボスは身を低くして機を狙っていた。

人間が介入する余地はない。
そう判断したジョルジュが剣を降ろしたところで、ドラゴンが動く。

白い線が真っ直ぐボスへ向かう。
相手も黙ってそれを受けることはせず、上級魔法を放ちつつ鋭い爪を掲げる。

405 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:46:09 ID:oNhpAIMg0 [44/49]
  
勝負は一瞬であった。
白がボスを通り抜けたかと思えば、鮮血が地面を濡らす。
赤の持ち主は群れを仕切っていたボスだ。

('A`)「助かった……」

ドクオはその場に座り込み、天を見上げる。
死ぬつもりなど毛頭なかったものの、
最小限の被害で終えることができたのは生まれたばかりのドラゴンあってこそ。
  _
( ゚∀ )「お前、オレを助けてくれたのか?」

白い体をわずかに赤く染めたドラゴンは、
ボスを倒したことを褒めてくれと言わんばかりにジョルジュの頬に頭をこすり付ける。
硬い鱗に若干の痛みを感じるものの、
戦いの中で負った傷に比べれば大したことはない。

キュウ、キュウと鳴き声を上げていたドラゴンは、
ハッとした様子で目を見開き、ジョルジュから離れて地面を見る。

同じところを行き来したドラゴンは何かを見つけたらしく、
機嫌良さ気に尻尾を振って地面へと降りて行った。
見れば、小さくも凶器となる手の中には、あのスカーフと魔石が通された紐がある。

どうやらこれを探していたらしい。

406 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:46:43 ID:oNhpAIMg0 [45/49]
  _
( ゚∀ )「これのこと、わかってるのか?」

ジョルジュが問えば、ドラゴンは当たり前だ、と首を縦に振る。
意志の疎通も問題ないらしい。

('A`)「意外と、卵の中でも意識はあるんだよ」

立ち上がる気力を取り戻したらしいドクオは、
ドラゴンと戯れているジョルジュに近づく。

('A`)「良くしてくれたこともちゃんと覚えてるのさ」
  _
( ゚∀ )「そっか」

少し、照れくさい。
必要のないものを買い与え、
眠る前には卵に着いた汚れを拭ってやった。

感謝されたいわけでも、恩返しを期待したわけでもない。
まさか本人が認識しているなど、思いもしなかった。

('A`)「あのさ」
  _
( ゚∀ )「ん?」

ドクオは仲睦まじい二人の様子を見て、頬を掻く。
きっと、ジョルジュはドラゴンを手放さないだろう。
共に旅をするパートナーとして迎え入れるに違いない。

408 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:47:24 ID:oNhpAIMg0 [46/49]
  
('A`)「許してやっちゃ、くれねぇか?」
  _
( ゚∀ )「は?」

ドラゴンの頭を優しく撫でてやっていたジョルジュは怪訝そうな顔をする。
この状況下で誰を許せというのだろうか。

被害の大本である群れのボスか。
既に命なきそれを許すも許さぬもないだろうに。

ジョルジュの抱いた疑問に気づかぬのか、
ドクオは何に対する許しかを告げぬまま話を進めていく。

('A`)「感謝の仕方なんて、礼の作法なんて、
   人間だって国や宗教で変わっちまう」

抱きしめ合うことで親愛を伝える国があれば、
全力で殴りあうことで互いの愛を確かめる国もある。
同じ種であるからといって、常識が同一であるとは限らない。

('A`)「あんたが昔に見たドラゴンってやつは、
   強くて若いヤツに喰われるってのが最上の喜びだったのさ」

老いて死ぬだけの身ならば、
次を生きる強者の糧となり、血肉となる。
そこに誇りを持つものがいた。

409 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:50:59 ID:oNhpAIMg0 [47/49]
  _
( ゚∀ )「何を言ってるんだ?」

('A`)「情がないわけでも、恩を感じてなかったわけでもない。
    掛け違っただけだ」

ドクオは苦く、苦く笑う。

('∀`)「件の冒険者の運が悪かったことは、確かだけどな」

瞳に映った暗い色について問うべくジョルジュが口を開くも、
すぐに向けられてしまった背中から感じられるのは沈黙だけ。
何を問うたところで答えが返ってくることはないだろう。

(  )「――オレは今更何を言ってるんだろうな」

零された言葉にかける言葉などなく、
ジョルジュは去り行く黒を見つめることしかできない。

しばしの間、そうしていると小さくなっていく彼など放っておけ、と
言わんばかりにドラゴンが視界へ割り込んでくる。
可愛らしい仕草に口元を緩ませて軽く撫でてやれば、喉から甲高い鳴き声が聞こえてきた。
  _
( ゚∀ )「お前が良いならだけど」

ドラゴンなど嫌いだった。

他を圧倒し、天災と同一視されるほどの力を有している存在が。
触れることはおろか、近づくことさえ許されぬ気高さが。
あの日見た光景が。

ジョルジュの心に巣食っていた。
けれど、運命がそれを取り払う。

白いドラゴンはジョルジュの言葉を聞き、嬉しそうに声を上げた。



  _
( ゚∀゚)ドラゴンと紡ぐ前日譚のようです






( ^ω^)文戟のブーンのようです[5ページ目]

( ゚∀゚)ドラゴンと紡ぐ前日譚のようです 前編

363 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:20:55 ID:oNhpAIMg0 [2/49]
  
幼い頃、大抵の男の子と一部の女の子が憧れる職業。
自由を愛し、自然を愛し、困難を乗り越えて日々を生きる。
それが冒険者だ。

危険な魔物や動植物が溢れる町の外へ行き、
まだ見ぬ土地や洞窟を探検する。
そうして見つけた宝は、時として人知を超越した力を有するのだ。

生きて情報と宝を持ち帰った者を人々は賞賛し、
名誉を受けて冒険者は新たな場所へと足を進めていく。

何とも素晴らしく栄光に満ちた職業だろう。
  _
( ゚∀゚)「――って思ってた日がオレにもあったな」

ジョルジュは身の丈程もある大剣を肩に乗せ、ため息をついた。
目の前に広がるのは昆虫型の魔物達。
成人男性と同等の大きさをしたそいつ達は耳障りな羽音を立てながら彼を見ている。

一体一体の力は弱く、群れで統率をとっているわけでも、特殊能力も有しているわけでもない種だ。
歴戦の冒険者として十数年を生きている彼ならば十を超えて対峙したとしても傷一つ負うことなく完勝できるだろう。

だが、視界を多いつくさんばかりの数ともなれば話も変わってくる。
 _
(#゚∀゚)「こいやぁ!」

雄叫びと共に剣を振り上げ一匹を真っ二つに。
なぎ払い数匹の体と羽を切り落とし、振り下ろしてはまた一匹を殺す。

364 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:21:29 ID:oNhpAIMg0 [3/49]
  
食物連鎖の下層に位置する種というのは、
個を増やすことで種としての存続を計る。

ジョルジュが相手取っている昆虫型の魔物もまた然り。
自然界の理に則り、子を産み、その多くを成長途中で失う。

しかし、気候や他生物の出産状況等によって成虫が大量発生することが稀にあった。
_
(#゚∀゚)「面倒くせぇな! おい!」

弱い、というのは他の魔物と比較した際の話。
平和な街で生まれ、暮らす人々にとっては充分脅威となりえる存在だ。
一匹や二匹であれば数で対抗することもできるだろうけれど、
相手の方が多いとなれば敗北を喫するより他に道はない。

畑や家畜への被害だけで済むならばまだマシだ。
問題は魔物の殆どが雑食であり、人間を食らうこともままあるということ。

国を挙げて討伐にかかれば軍の人員が割かれ、他国への隙となる。
一般人では対処しきることができない。
街にいる警備兵達は防御に特化しており、殲滅には向かない。

ならば、誰が人々のため、戦いに赴くのか。
  _
( ゚∀゚)「あと何体だ?」

見通しのよくなった周囲を見渡す。

緑色の液体が撒き散らされた地面は汚らしく、
少量であれば気にもとめなかったであろう異臭がジョルジュの鼻をつく。

365 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:22:09 ID:oNhpAIMg0 [4/49]
  
冒険者。
かつて憧れた職業の実態とは、かくも世知辛い。

夢のような冒険も、地位と名誉も、金銀財宝もない。
あるのは命を賭しての雑用ばかり。

大量発生した昆虫型魔物の駆逐など典型的なものだ。
下を見れば町の外での薬草、素材収集。
上を見れば大型魔物の討伐、要注意特殊取り扱い素材の確保まで。

安全という言葉から程遠い場所で、街に生きる人々の生活を支える。
それが冒険者という存在に与えられた責務だ。
 _
(;゚∀゚)「あーあ、こりゃ服は買い替えだな」

羽音が止んだ世界でジョルジュはぼやく。
極力、返り血ならぬ返り体液を浴びぬようにしていたのだが、
袖や裾といった端々まで避けきることはできず、粘度の高い緑色がまとわりついていた。

簡単な水洗いなどでは落ちない汚れを苦労して落とすくらいならば、
新しい物を買ったほうが時間の短縮になり、気分も上がる。
  _
( ゚∀゚)「服はヴィップの方が質がいいんだが……。
     ま、背に腹は何とやらってやつだな」

ジョルジュが依頼を受けたファイナの町は酪農や農作物を特産としていた。
服を作る素材ならば良いものが手に入るが、それを服に加工する技術はお世辞にも高いとは言えない。

366 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:23:01 ID:oNhpAIMg0 [5/49]
  
ファイナで素材を購入し、ヴィップで加工してもらう、というのは旅の冒険者がよく使う手であるが、
今すぐに代えの服が欲しいジョルジュにそのような暇はなかった。
ダメになってしまった服も特別な効果が付与されているわけではなく、質に拘ったものでもない。
どこの町で購入しても、大きな差異は見受けられないだろう。

軽く袖を振り、体液を落としたところでジョルジュは帰路へつく。
と、数歩進んだところで足を止めて振り返る。
  _
( ゚∀゚)「っと、危ねぇ危ねぇ。
     ちゃーんと証拠持って帰らねぇとな」

ぐちゃり、と足音を立てながら彼は近場の魔物へ小型ナイフを差し込む。
討伐系の依頼は、対象となる魔物に一つしか存在していない部位を証拠としてを持ち帰るところまでが仕事となる。
今回の場合ならば証拠は尾についた鋭い針だ。

大量の魔物から素材を採取するのは一苦労だが、
これがなければ依頼達成とは認められない。

獲得した素材はそのまま冒険者のものとなるため、
売り払えば依頼料とは別枠の収入となる。
また、ものによっては武器防具の加工、生成に用いることもできることから、
討伐依頼は冒険者達の中でも人気が高い仕事だ。
  _
( ゚∀゚)「よし。今度こそ仕事終わり」

太い針を詰め込んだ麻袋を肩に担ぎ、ジョルジュは依頼のあった町へ戻るべく今度こそ足を進めていく。

367 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:23:33 ID:oNhpAIMg0 [6/49]
  
ファイナから程近い森は、先ほどまで群れていた昆虫型魔物さえ倒してしまえば静かなもので、
視界の隅に動物や小獣型、中獣型の魔物や鳥型の魔物の姿が映れど、
彼らが敵意を持ってジョルジュを襲ってくることはない。

魔物とはいえ、彼らも生き物。
自身のテリトリーを持ち、ルールを持っている。

森へ足を踏み入れる者が無作法を侵さぬ限り、
余程攻撃的な性質を有しているか、餌を求めているかしなければ、
無用な争いを仕掛けてくることはなかった。

経験を積んだ冒険者が危険な森や洞窟を悠々と歩くことができるのは、
運の要素によるものではなく、れっきとした理由があるのだ。
  _
( ゚∀゚)「……ん?」

不意に、ジョルジュは足を止める。
これという確証があったわけではない。
ただ、違和感があった。

無意識のうちに見ていた風景、感じていた匂い、音は、
脳に溜め込まれている情報によって解析され、
何たがあって初めて違和感としてジョルジュの意識へ伝えられる。

自身の五感が鳴らす警鐘を無視するのはド三流の所業だ。
利益や命に直結する問題を放置できるはずもなく、
ジョルジュは警戒心と共に周囲全域に気を張り巡らせる。

368 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:24:00 ID:oNhpAIMg0 [7/49]
  
風や鳥、魔物による木々や葉のこすれる音。
鳴き声。地面を駆ける振動。

それらを感じ取りつつ見渡せば、
ジョルジュの視界が捉えたらしい違和感の正体に突き当たる。
  _
( ゚∀゚)「卵、だ」

完全に警戒を解くことはしない。
茂みの中、隠されるように置かれているそれが本当に卵であるのか、
卵であったとして、動物、魔物、どちらの卵であるか。判別がつく距離ではなかった。

危険な魔物の卵であるならば早めに処理をしなければならない。
ただの動物であるならば自然のあるがままにしておく。
希少なものならば、親には悪いが採取するという手もある。

いずれにせよ、ジョルジュは卵らしき物を確認しなければならなかった。
  _
( ゚∀゚)「そーっと、そぉっと」

近くに親がいるかもしれない。
気配を探りつつ、自分のそれを隠す。

足音を立てず、落ち着いた呼吸で、一歩、また一歩。
目標との距離が近づく。
どうやら、何らかの卵であることは間違いないようだ。

369 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:24:51 ID:oNhpAIMg0 [8/49]
  _
( ゚∀゚)「――あ」

しまった、とジョルジュは零す。
同時に、張り詰めていた警戒はすっかり解けてしまった。

ここに危険はない。
しかし、厄介事はある。
 _
(;゚∀゚)「ドラゴンの卵じゃーん」

手を伸ばせば卵に届く距離まで来て膝をつく。
湿った土が彼のズボンに水分を分け与えてくれるが、どうせ買い換える物だ。
気にとめる必要性は感じられない。

そんなことよりも目の前にある卵だ。
養鶏のものよりも遥かに大きく、人の両手に余るほどの大きさ。
硬質な岩のようにざらりとした表面は灰色で、人の目の形をした赤紫だけが異彩を放っている。

眼前に立つ者を見つめるかのような紋様こそ、この卵がドラゴンのものである証。

この世界には多種多様なドラゴンが存在している。
中には人間と共に暮らし、生活を支えてくれている種もいるのだが、
ドラゴンそのものの生態に関する情報は非常に乏しい。

明確にわかっていることといえば、
並大抵の魔物では太刀打ちできぬ力を有していることと、
彼らの卵はどの種であっても同じ紋様を持って生み出されることのみ。

370 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:25:33 ID:oNhpAIMg0 [9/49]
 _
(;゚∀゚)「えっと……この国ではどーすんだっけか」

ジョルジュは懐から革張りの手帳を取り出す。

ドラゴンの卵を発見した場合の処理については世界統一見解が出されておらず、
各国のルールに従うこととなっていた。

国で保護した後、野生に返す場合もあれば、
即座に中身を殺してしまう場合もある。

世界で最も硬い物質であるドラゴンの卵を潰すことは不可能であるが、
国お抱えの魔法使い達のみが知りえる特殊な魔法を行使することにより、
中身のみを殺してしまうことができるらしい。
  _
( ゚∀゚)「あー、ギルドに提出、国での保護、か」

各地を旅して回り、ギルドで依頼を受けて生計を立てている冒険者にとって、
ドラゴンの卵の取り扱いは注意しなければならない最重要項目だ。
見つけることは滅多にないが、万が一の場合に手順を誤れば罰金や牢屋、死刑までありえてしまう。

自身のメモから、この国での処理を確認したジョルジュはドラゴンの卵をそっと抱える。
分厚い殻に守られているのだから、雑に扱ったとしても問題はないが、
赤子以下の存在を無碍にするのは気がひけてしまう。
  _
( ゚∀゚)「お前はどんなドラゴンなのかねぇ」

卵の色や大きさは種に依存していない。
記録に残っているものと同じものに思えても、
生まれくるドラゴンは全く別の種だった、という例がある。

逆に、何もかもが違っていたとしても、同一の種が生まれることもあった。
未解明のことが多すぎるのがドラゴンだ。
逞しい腕の中にいる卵から、世界を揺るがすおぞましい種が生まれたとしても不思議ではない。

371 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:26:09 ID:oNhpAIMg0 [10/49]
  
頑強さに見合う重量を持った卵を抱え、
残りの帰路についたジョルジュは日が暮れる前に町へ戻ることができた。

大きくも小さくもない町の人々は明るく、
魔物の脅威を傍らに感じながらも仕事に励んでいる。

大通りを歩き、ギルドへ向かう中、子供達から受ける尊敬の眼差しだけは、
全ての冒険者が自身の仕事に胸を晴れる要素だ。
討伐終わりでかなり見苦しい姿をしている自覚があるジョルジュにすら、
町の子供達は輝かしい目を向け、母にいつか自分もあんな風になるのだ、と報告しに走る。

心の中では辞めておけ、と呟くも、
遠い昔の自分を思い出すような照れくささがあった。
  _
( ゚∀゚)「ハーニブルの討伐に行ってたジョルジュです」

ギルドの看板を掲げた建物に入り、カウンターへ麻袋を置く。
名前と仕事との照会を済ませた受付嬢は、
やや躊躇しながらもカウンターに置かれた証拠品を手に取り、繕った笑顔で少々お待ちください、と告げた。

余程小さなギルドでもない限り、彼らの仕事は分業制だ。
新人は受付を担当し、ギルドという場所の役割や冒険者の扱いについて学ぶ。
証拠品や依頼の品の鑑定は奥に控えているベテランが行う。

その他、会計や運営、仕事の斡旋、武器防具屋との仲介などなど、
大勢の人間が個々の役割を全うすることでギルドを成り立たせていた。

372 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:26:42 ID:oNhpAIMg0 [11/49]
  
(*゚ー゚)「数が数ですので、もう少々お時間をいただくかと思います。
    よければそちらの椅子におかけになってお待ちください」
  _
( ゚∀゚)「あいよ。
     っと、そうだそうだ。忘れるところだった」

奥の扉から出てきた受付嬢に促され、
頷いたところで自分の片手の中にある重みを思い出す。
  _
( ゚∀゚)「実はドラゴンの卵を見つけましてね。
    ここの国じゃギルドに提出するのが決まりでしたよね」

ごとん、と重い音がカウンターに振動を与えた。
そうして出来上がったのは、見事な間。

受付嬢は目を丸くし、一言も発しない。
周囲にいたはずの冒険者達の声も、喧騒も、何もかもが消えうせた。
  _
( ゚∀゚)「……あれ?」

首を傾げる。
ドラゴンの卵は珍しいものだ。

驚かれるのも無理はない。
しかし、その場合、周囲はもっと沸き立つのではないか。
受付嬢は声を上げて取り扱いの方法を尋ねに奥へ戻っていくのではないか。

373 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:27:09 ID:oNhpAIMg0 [12/49]
  
耳に痛い静寂が生まれて数秒。
受付嬢が口を開く。

(;゚ー゚)「あの、申し上げにくいのですが」

おずおずと搾り出される声は、
ジョルジュが暴れるのではないか、という不安からだろうか。

(;゚ー゚)「我が国は、卵を生命と運命の象徴とし、重んじております。
    特にドラゴンの卵は希少。出会いに与えられる意味は大きく、
    何人足りともその運命を割いてはならぬ、と定められております」
  _
( ゚∀゚)「……つまり」

(;゚ー゚)「卵はギルド預かりでも国預かりでもなく、
    発見者が孵化までの間、面倒を見ることが義務付けられております。
    また、旅人が発見した場合は孵化まで国を出ることはまかりならぬ、と」
 _
(;゚∀゚)「勘弁してくれよ!」

思わずカウンターを強く叩いてしまう。

リスクを嫌っていては冒険者など務まらぬとはいえ、
未知の塊であり、危険の温床でもあるドラゴンの卵を孵化させるというのは受け入れがたいことだった。
活動拠点の固定というのも困った問題で、季節や気候に合わせて国を移動し、
討伐や手馴れたアイテム採取に勤しむための年間計画に狂いが出てしまう。

374 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:28:04 ID:oNhpAIMg0 [13/49]
 _
(;゚∀゚)「じゃあ、これ元の場所に戻してくるから」

(;゚ー゚)「心中はお察しするのですが、法で決まっておりますので、
    その行為を許すわけにはいきません。ご理解のほど、よろしくお願いいたします」
 _
(;゚∀゚)「良いじゃねーか!
    どうせ放置型の卵なんだし、放っておいたって無事に孵化するって!」

(;゚ー゚)「そうでしょう。そうでしょう。
    ですから、特に大変な手間がかかるわけでもございません。
    孵化後の判断は発見者に委ねられますので、売るも捌くもパートナーにするも自由でございます。
    しかし! 卵の間は! 見守り、運命を受け入れていただくことになっております」

ドラゴンの卵には大きく分けて二つの種類がある。
産んだ親が一時として巣を離れず、卵を温め続ける養育型。
こちらの場合、卵を採取することはほぼ不可能であり、
無用心に巣の近くへ足を踏み入れた者は一呼吸さえすることなく命を失うこととなる。

極稀に親が死しており、別の魔物や人間が卵を拾うこともあるが、
絶えず暖め、表面を清潔にするなどの手間暇がかかり、親以外が孵化まで面倒をみることは難しい。

そして、もう片方はジョルジュが見つけた放置型の卵。
親は適当な場所に卵を産み、そのまま去っていく。
頑強な殻に守られた卵は外敵によって破壊されることも、天候や温度に左右されることもなく孵化するため、
ドラゴン以外の生物が見つけ、面倒をみるケースが少なくない数報告されている。
 _
(;゚∀゚)「そこをどーにか!」

(;゚ー゚)「罰せられるのは私、しいてはギルドになります。
    ご要望にはお答えできかねます」

375 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:28:40 ID:oNhpAIMg0 [14/49]
  
身を乗り出すようにして頼み込むジョルジュであるが、
受付嬢も法を犯したくはない。
それこそ、明日からの生活に関わってくることだ。
おいそれと肯定を返してやることはできなかった。

(;゚ー゚)「もちろん、ある程度の保障はされております」

両手を胸の辺りまで上げ、彼女は言う。
町の外で生活しているドラゴンが卵を産む場所といえば、
当然のことながら町の外、魔物が闊歩する世界になる。

町の周辺に採取に行った人間や、町と町を行き来する商人が卵を見つけることもあるにはあるのだが、
やはり確率を考えれば冒険者が発見することの方が圧倒的に多い。
一つの国や町を縄張りとし、動かぬ者もいるが、冒険者の多くは流浪の旅人だ。

卵のために一箇所へ留めておく法があるのであれば、
旅を引き止める保障も整備されて然るべきこと。

(*゚ー゚)「お部屋は国内のギルドにて一室貸し出しさせていただきます。
    食費や雑費に関しましては、上限金額がございますが、
    今から発行させていただきますカードを使用していただけましたら国の負担となります」

制度を悪用されぬようにとの対策であるため、
豪遊をしようと思わなければ充分な金額が利用できる、と彼女は語る。

すぐにでも手続きの用紙を取りに行こうとしつつ、
目を離すことでジョルジュが卵を置き去りにしてしまうことを警戒しているのだろう。
受付嬢はそわそわと体を動かしながら賢明に言葉を紡ぐ。

376 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:29:09 ID:oNhpAIMg0 [15/49]
  
('A`)「兄さん、そっちの事情もわかるがな、
   この国にいる以上、この国の法に従わなきゃいけねぇよ」

哀れなお嬢さんを見かねたのか、
ギルドの隅で仕事を見繕っていた男が声をジョルジュの肩を叩く。
  _
( ゚∀゚)「……んだよ」

黒々とした防具を胸と肩、手に足と、要所要所に装備したその男は、
ジョルジュよりも小柄で細身であった。
見たところ歳もそう変わらず、主に討伐で金銭を得ているジョルジュならば、
彼の手くらい簡単に振り払うことができる。

しかし、何故だか男に逆らおうという気が起きない。
声をかけられて冷静になったのか、年甲斐もなくわがままを言っている、という自覚がそうさせたのか、
ジョルジュは言葉をこもらせ、乱雑に頭を掻く。
 _
(;-∀-)「あー、わかった。わかりました。
     仕方ねぇ。この卵が孵化するまではこの国に滞在する。
     だからそのカードとやらの発行を頼む」

(*゚ー゚)「はい!」

諦めを口にすれば、受付嬢は安堵の息と共に奥の部屋へと駆けて行く。
次に扉から出てくるときは、ベテランの者が一緒にやってくるのだろう。

377 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:29:43 ID:oNhpAIMg0 [16/49]
  _
( ゚∀゚)「すまねぇな。見苦しいとこを見せちまった」

('A`)「いやいや。兄さんの気持ちもわかる。
   気楽に見えるこの家業も、ちまちまと年間計画を立ててやってるんだ。
   想定外なんてない方が良いに決まってら」

卵を抱えなおし、男に軽く頭を下げる。
成人など遠い昔に越えている男が若い女に詰め寄る図は、
見ていて楽しいものではなかっただろう。
  _
( ゚∀゚)「全くだ。でも、だからって若い姉ちゃんにわがまま言うことじゃねぇよな」

不自由はあるものの、この国に留まることが死に直結するわけではない。
ドラゴンがいつ孵化するのかにもよるが、最悪でも来年の都合が変わる程度のことで、
またもう一つ年を跨げば笑い話にでも武勇伝にでもなるようなことだ。

冷えた頭で思い返してみれば、何と無様で傍迷惑なことだったのだろう。
受付嬢が戻ってきたら再度謝らねばなるまい。

('A`)「しっかしドラゴンの卵とは、珍しいねぇ」
  _
( ゚∀゚)「オレも冒険者家業を初めて長いが、実物を見たのは二度目だ」

('A`)「二度? そりゃ運が良いんだか悪いんだか。
   お目にかからないまま死ぬか引退するかの方が多いだろう」

378 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:30:34 ID:oNhpAIMg0 [17/49]
  
ジョルジュは複雑な表情を浮かべ、腕の中にある卵を撫でた。
生命の温もりなど微塵も感じられぬ表面は、内側にいる命を守るための冷たさだ。
  _
( ゚∀゚)「オレァ、どうもドラゴンってのが嫌いでね」

('A`)「……まあ、ドラゴンライダーなんて職業もあるにはあるが、
   人間に友好的な種なんて極わずかだ。大抵は中立。どちらに転んでもおかしくないヤツらばかり。
   敵になれば敵いやしねぇ強さとなれば、嫌うのも無理ないだろう」

受付嬢が帰って来る気配はない。
数年に一度もないような手続きだ。
ベテランも書類や細かな説明が記載された用紙を探すのに手間取っているのだろう。

時間を潰すために見知らぬ冒険者との会話を楽しむのも悪くない。
軽く卵の表面を叩いたジョルジュは、昔を懐かしむ目をしながら口を開いた。
  _
( ゚∀゚)「まだオレが駆け出しの冒険者だった頃のことなんだがな」

現実と夢の狭間に揺れ、自分だけは昔に憧れたような冒険者になるのだ、と言い聞かせていた時代がある。
体力と無謀さだけを抱え、生まれ育った国を旅立った。

多くの冒険者と出会い、話を聞き、経験を積んではまた次の国へ。
苦しい困難は多かったけれど、同じくらい輝かしい思い出もある。
  _
( ゚∀゚)「世話になった冒険者のおっさんがいて、
     その人もオレみたいに依頼の帰り道にドラゴンの卵を見つけたんだ」

379 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:31:03 ID:oNhpAIMg0 [18/49]
  
ドラゴンの卵は発見者が自由にしてよい、と定められていたその国で、
ジョルジュの先輩にあたる冒険者は卵の孵化を選んだ。
御伽噺に見たようなドラゴンとの友情を夢見て。

('A`)「……結果は」
  _
( -∀-)「ご想像の通りさ」

およそ一ヶ月。
冒険者は卵を抱え、大切にした。

何をする必要もないというのに、卵に語りかけ、清潔にし、
どのようなドラゴンが生まれてきたとしても対処できるよう、
依頼終わりには必ず図書館へ寄る生活。

血を分けた子供ができた親のようだ、と、
ジョルジュも周囲の冒険者達も笑っていたものだ。

あの日。依頼を受けるために冒険者が足を踏み入れ、
抱えていた卵にヒビが入るその瞬間まで、
冒険者もジョルジュも、ドラゴンの卵に暖かな思いを寄せていた。
  _
( ゚∀゚)「孵化したドラゴンは瞬く間に羽を伸ばした。
    そして、おっさんを喰った」

止める間もない、一瞬の出来事であった。

380 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:31:37 ID:oNhpAIMg0 [19/49]
  
生まれたてとはいえドラゴンはドラゴン。
揃った鋭い牙は容易く人間の皮膚を裂き、肉を潰した。
大きく広げられた羽は難なく動き、
死した冒険者を体のわりに大きな腕で掴んだかと思えばそのままギルドから飛び去ってしまった。
  _
( ゚∀゚)「今でも忘れらんねぇよ。
    おっさんは、本当にドラゴンが好きで、大切にしようって思ってた。
    なのに、慈しんだ対象に喰われて死んだんだ」

卵が割れたあの時、冒険者の顔に浮かんでいたのは喜の色。
中から生まれ出る存在が自分を害すなど、微塵も考えていなかったに違いない。
  _
( ゚∀゚)「オレは思ったね。
    ドラゴンってヤツは何て恩知らずなんだ、って」

世界に命として存在するより以前の話をされたところで、ドラゴンも困るだろう。
そんなことはわかっている。
だが、感情というのは往々にして理屈でどうにかできるものではない。
  _
( ゚∀゚)「しかもそのドラゴンの特徴を調べたら、人食い種じゃなかったんだよ。
    温厚ってこともねぇけど、敵対しなけりゃ無害だって。
    あっと言う間の出来事だったから、オレが特徴を見間違えたのかもしんねぇけど、
    おっさんが喰われるに値する理由なんてどうやったって見つかりゃしなかった」

('A`)「だろう、な」

テリトリーに踏み入ったわけでもなければ、相手を害したわけでもない。
慈しみが死へと繋がる無常など言葉で説明できるわけがなかったし、
されたところで納得できるものでもないだろう。

381 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:32:10 ID:oNhpAIMg0 [20/49]
  
話を終え、何とも言えぬ空気が流れる中、受付嬢はベテラン職員を連れて戻ってきた。
待たせてすみません、という言葉を受けつつ滞在と資金提供の手続きを済ませてしまう。

自身の腕に収まる小さな卵一つのために、目処のたたぬ期間、国は金を出し続けてくれる。
卵というものを神聖化し、法律によって決められているとはいえ、
国家から受ける初めての高待遇にジョルジュは座りが悪い思いだ。
  _
( ゚∀゚)「お前さん、頼むからオレを喰わないでくれよ」

ギルドから提供された部屋に荷物を降ろし、
手入れだけはされているらしい硬めのベッドに倒れこむ。

抱きかかえたままの卵を掲げ、
ランプの光を浴びた灰色を見た。
  _
( ゚∀゚)「オレも男だ。こうなった以上、運命とやらを受け入れる。
    真っ向勝負だ。ちゃんと面倒見てやるからな」

そっと卵を隣に降ろし、共に毛布を被る。
暖める必要が無いことなど重々承知しているが、
やはり卵といえば暖めるのが常識だろう。
何事も形から入るのがジョルジュ式だ。

油断はしない。
孵化したドラゴンが己を喰らう可能性を考慮し、
常に武器を携帯、できる限り警戒を解くことなく生活し続ける。

容易いことではないが、目に見えぬ運命と戦うのだ。
万全を期するに越したことはない。

382 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:33:12 ID:oNhpAIMg0 [21/49]
   
翌朝。
小鳥のさえずりで目を覚ましたジョルジュはベッドに腰掛けた状態で自身の頬を叩いた。
  _
( ゚∀゚)「っしゃ。やるか!」

バタバタと雑な音を立てながら仕度をした彼は卵を片手にギルドを出る。
昨日は気疲れから早々に眠ってしまったが、
一晩ぐっすりで頭も体も切り替えられるのは冒険者の必須スキルだ。

取れたての野菜や酪農品は朝一番が書き入れ時らしく、
市場は活気に溢れ、大勢の大人が出入りしている。

卵を重要視する文化はしっかりと国民にも根付いているようで、
ジョルジュが抱えている卵について怪訝な顔や疑問符を浮かべる者はいない。
一度、ハッとした表情をし、すぐに柔らかな笑みへと変わる。

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「そこの冒険者さん、うちの肉を買っていかないかい?
      子育てには体力が必要だよ!
  _
( ゚∀゚)「気が早いってもんだぜ!
    でも美味そうだな。今日は別のとこに用事があるけど、
    また今度、寄らせてもらうよ」

彼らは卵から生まれるドラゴンがおぞましい生物であるなど考えていない。
運命を象徴するそれは、いつでも幸運をもたらすと無垢に信じているのだ。

383 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:33:39 ID:oNhpAIMg0 [22/49]
  
市場を抜ければ鍛冶屋や武器、防具。
薬品や魔法道具などを取り扱っている冒険者御用達の店が並ぶ区域へ出る。

一定の需要を得ている店達は滅多なことでは潰れず、
年に数週間程度訪れるだけのジョルジュでも場所を覚え、足を運ぶことは容易であった。
店側も決まった客人がやってくるため顔を覚えやすく、
常連と気楽な会話を楽しみ、要望を聞きながら商売をしている。

双方にとって心地の良い空間がそこにはあった。
  _
( ゚∀゚)「よーっす」

( ゚д゚ )「ん。もうそんな時期か」

とある店の扉を開ければ、
カウンターのさらに奥、作業室で一人の男が顔を上げるのが見える。
冒険者向けの店はひっきりなしに客が入ってくるわけではない。

一日中、誰も扉を開けなかった、ということもざらにあり、
店主達は声がかかるまで工房で新たな武器や防具、薬品作りに勤しむのが常である。

ここ、皮細工を担う店の主、ミルナもここいらの常識に則り、
奥で鎧の一つも作っていたところのようだ。

( ゚д゚ )「今日は何の用だ。
    胸当てか? 靴か? 鞄か?」

384 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:34:06 ID:oNhpAIMg0 [23/49]
  
細かな作業で凝り固まっている肩を回しながらカウンターへと向かってくる。
作業部屋を抜けたところで、ミルナはジョルジュが抱えているモノに気づいたらしく、軽く目を見開いた。
  _
( ゚∀゚)「いや、実はこれを入れておく鞄を作って欲しくてな。
     邪魔になんねぇように肩から提げれる形でさ、
     どんな動きをしても転がり落ちねぇようなやつ」

( ゚д゚ )「こいつぁ……。
    なるほどなるほど。
    そういうことなら、この国の住人として、
    ひと肌脱がねぇわけにもいくまいな」

顎に手をやり、しげしげとドラゴンの卵を見つめる。
冒険者相手の商売をしているとはいえ、
ミルナも実物を見るのは初めてだったらしい。

近くの引き出しから測りを取り出し、高さや直径を計る。

( ゚д゚ )「内側に毛皮でも仕込んでおくか?」
  _
( ゚∀゚)「そりゃいい。あったけぇに越したことはねぇな」

不要だと知りながら尋ねてきたミルナに、ジョルジュは肯定を返す。
互いに料金を上乗せして利益を狙ったり、国への意趣返しにしようという考えがあったわけではない。

未だ生まれぬ命が眠る場所だ。
暖かなものに包まれている方がしっくりくる。

385 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:34:35 ID:oNhpAIMg0 [24/49]
  
( ゚д゚ )「今は依頼も入ってねぇ。
     さっそく作業に取り掛かって、そうだな、夕方には完成させておく」
  _
( ゚∀゚)「サンキュ」

幾つかある魔物の皮からより頑丈なものを選び、
内側に取り付ける毛皮も暖かさを重視した。

普段、自身が装備を買うときは財布との念入りな相談の上、
身軽さと値段を重視した既製品ばかり購入している。
事細かな部分にまで拘れば、それだけ値も張るというもの。

結果、たった一つの鞄は、
ジョルジュがミルナの店で使った最高金額をわずかに超えることとなった。

国支給のカードがなければ、
たかが鞄にこれだけの金額を払うことはなかっただろう。
  _
( ゚∀゚)「じゃあよろしくな」

( ゚д゚ )「おう」

カードで前払いを済ませると、
卵を抱きかかえ次の店へと向かう。

仕事に出るときも卵と共に在れる下準備ができたのなら、
次は仕事中の不足に備えねばなるまい。

386 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:35:29 ID:oNhpAIMg0 [25/49]
  
('、`*川「いらっしゃい」

ミルナの店から数軒挟んだこの店では、
属性や魔法が付与された装飾品が扱われている。

殆ど似通った色で満たされていた皮細工屋とは違い、
赤や青、黄色に緑、黒に白。
様々な色が数多の形となって壁や棚に並べられている。

実用性だけでなく、見た目も重視され、
ただの宝石や金物細工でも得られぬ輝きを持つ装飾品を好む女性は多い。

また、訓練を積んでいない人間でも装備するだけで加護を得られるため、
護身用として祝いの席で送られることも多く、他の店と違って冒険者以外の客も訪れる。

今も店には数名の女性客がおり、退魔のペンダントを見繕っているようだった。

('、`*川「おや、ジョルジュじゃないか。久しいね」
  _
( ゚∀゚)「数年ぶりだな」

ファイナには毎年訪れているが、ジョルジュがこの店を訪れることは滅多にない。
消耗の激しい武器や防具と違い、隠すようにして装備されている装飾品が壊れることはなく、
あれやこれやと追加で装備する趣味も彼は持ちえていなかった。

魔法使いであれば、属性の追加や状態異常の付与のため、
頻繁に買い替えや追加を購入するものだが、
剣と己の体でのみ戦うことへ美学すら感じているジョルジュには不要なものだ。

387 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/12/10(月) 17:36:10 ID:oNhpAIMg0 [26/49]
  _
( ゚∀゚)「今日は細工してなくていいのか?」

('、`*川「うちは普通のお客さんも来るからね。
     バイトが休みの日は私が店番さ」

それで、と注文を聞こうとしたペニサスはジョルジュの腕の中に気づく。

('ワ`*川「おやおや、まあまあ。
     そりゃドラゴンの卵かい」
  _
( ゚∀゚)「おう。昨日、依頼帰りに見つけちまってな」

('ワ`*川「良縁。良縁。
     女にゃ恵まれてないようだが、
     運命はあんたを見初めたってことさ」
  _
( -∀゚)「だと良いんだけどな」

ジョルジュは肩をすくめる。
死も人間に与えられた運命の一つだ。
硬質な卵がそれをもたらす為にやってきた可能性は十二分にあるだろう。

('、`*川「それで、うちに何の御用?」
  _
( ゚∀゚)「仕事にも連れてく予定なんだが、
    如何せん、オレは荒事がメインでね。
    戦いの中でこいつにダメージが通らねぇように何かつけておいてやろうと思って」

( ・∀・)は好奇心に勝てないようです

162 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:24:08 ID:bcyv6qe.0 [2/27]
  
( ・∀・)「いただきます」

一人きり、部屋の中でモララーは手を合わせる。
誰もいないからといってマナーをおろそかにするような教育を受けていない彼の所作は美しく、
お手本のような箸使いであった。

彼自身がこしらえた夕飯はわかめの味噌汁と魚の煮付け、
出汁巻き卵とほうれん草のおひたし。
そして白米。

絵に描いたような日本の朝食であり、
夕飯として出されると少々物足りなさを感じる者も多いかもしれない。

しかし、後は眠るだけのこの時間。
腹を満たす必要性は薄く、
健康面を考えるのであれば質素に見える程度が丁度良いのだ。

箸で卵焼きを割れば出汁が溢れ、
ほうれん草を噛めばしゃきしゃきとした音が鳴る。

テレビの一つ、ラジオの一つもついていない部屋は静かで、
モララーの食事の音だけが静かに響いていた。

( ・∀・)「ごちそうさまでした」

ゆっくりと時間をかけて彼は皿を空にする。

163 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:24:37 ID:bcyv6qe.0 [3/27]
  
( ・∀・)「今日も美味しいご飯だった」

風呂に歯磨き、明日の準備。
寝るための準備を整えつつ、モララーは呟く。

気に入りの品種を大きめの炊飯器でふっくら炊いた白米には甘みがあり、
丁度いい火加減の出し巻き卵は硬すぎず柔らかすぎずの加減を守っていた。
他の料理に関しても同様で、
どれも満足のいくものを作れたと自負している。

だが、世間はいつも彼に言うのだ。

( ・∀・)「一人でも味気なくないのになぁ」

親元を離れて早数年。
一人暮らしにはすっかり慣れた。

平日にする料理も、
休みの日にまとめて行う家事も、
始めこそ戸惑いや失敗もあったけれど、
今では問題なくスムーズに行うことができている。

不便など一切ない、と言えば嘘になるが、
現状にモララーは充分満足していた。

けれど、周囲は彼をそう見ない。

164 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:25:37 ID:bcyv6qe.0 [4/27]
  
会社の上司や同僚、パート達は休憩時間や始業前、
飲み会の席にたまたま出くわした電車の中で口を揃えて言うのだ。

「独り者は寂しい」
「食事が味気ないだろう」

何がだ。
モララーはいつも思っている。

しかし、できた男である彼は、
己の考えが少数派であることを理解しており、
人間関係において同調は非常に有効であることも知っていた。

( ・∀・)「そうですね。ボクにも良い人が見つかるといいのですが」

人好きのする良い笑顔を顔に貼り付け、
同じ言葉を繰り返す。

中身の伴わぬ薄っぺらなそれは、
今のところ誰かに見抜かれることなく過ごせている。

( ・∀・)「わっかんないなぁ」

寂しい、という感情は、
比較的理解の及ぶ範囲であった。
家族と暮らしてきた十数、あるいは二十数年。

周囲にあった自分以外の気配や物音が消えるというのは、
確かに違和感を覚えるものである。

165 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:26:24 ID:bcyv6qe.0 [5/27]
  
その違和感を「寂しい」と形容することに疑問はあるが、
漠然とした理屈が見出せるのならば受け入れることもできた。

ならば味気なさはどうだろうか。

( ・∀・)「誰かがここにいたって、ボクの料理の腕前は変わらないし、
      使う材料も変わらない。
      だったら誰と食べたって一緒だろうに」

学生時代にいた恋人という存在も、
職場の同僚も上司も、
彼の味覚に何らかの変化をもたらしはしない。

両親に関しては検証を行ったことがないので憶測になってしまうが、
おそらくは彼らと共にレストランに行ったところで、
一人で同じ場所、同じ料理を食べた時と同じ感想しか抱けないだろう。

( ・∀・)「小学校の時なんて大変だったもんな」

洗い物を終えたモララーはしみじみと呟く。
いつ思い返してもやらかした、としか思えない時代が彼にもあった。

( ・∀・)「家庭環境の違いであそこまで浮くかね」

塗れた手を拭き、肩を回す。
これで今日の仕事は終わりだ。
残すところは眠るのみ。

166 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:26:53 ID:bcyv6qe.0 [6/27]
  
目覚まし時計をいつもの時間にセットし、
モララーは布団の中へ入り込む。
閉じられた瞼に浮かぶのは、
遠巻きに見られている幼い己の姿だった。

( ・v・)「どーしてみんなといっしょに
     ごはんをたべないといけないの?」

「せんせー、もららーくんへんだよ」
「いっしょにたべなくないなら、
 お前どっかいけよ」

( ・v・)「……だって」

彼が大勢との食事に楽しみを見出すことができず、
舌の上に乗る料理へ振りかけられた目に見えぬスパイスを感知できぬ理由の一つに、
生まれ育った家庭環境というものがある。

モララーの両親は善良であったし、
夫婦仲が冷え切っていたわけでも、
地の底を這うような家計でもない。

共働きではあったが母親はいつもモララーのために暖かい食事を用意してくれ、
仕事に忙しくしつつもたまの休みになれば父親は子供と共に出かけ、
習い事がしたいと言えば教室に通わせてくれる、
誰から見てもわかりやすく幸せな家庭であった。

ただ一つ。
食事と共にする習慣がないことだけが、
世間から外れていただけ。

167 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:27:22 ID:bcyv6qe.0 [7/27]
  
鍋やテーブルに用意された食事を温めるのはいつものこと。
出来立てを食べるときは母がずれた時間にとるのがモララーにとっての日常であった。

( ・v・)「うるさいなぁ……。
     ボクはひとりでごはんをたべたいのに」

何が好きか、一口欲しい、
他愛もない雑談、騒がしい周囲というのは、
彼にとって非日常でしかなかった。

周囲から浮いた状態は中学を卒業するまで続き、
その間に人との関わり方をよくよく学んだモララーは、
遠くの高校へ入学することで新たな人生をスタートさせた。

大勢で囲む食事の美味さを理解できぬことで支障を感じたことはない。
一生をかけて望まねばならぬ疑問点ではあるが、
思考をめぐらせることを苦に思わぬモララーにとって、
些細かつ難解な疑問というものは人生の友も同然。

世間体のために隠さねばならぬ事項ではあれど、
唾棄し、絶望するようなモノには成り得ない。

成人して数年んが経つ今も過去の実験、検証の結果を元に思考を働かせている。
機会があれば両親や、全くの他人との食事というものも試してみるべきだろう。

好奇心の尽きぬ人生は素晴らしい。
モララーは己の奇異性に感謝すらしていた。

168 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:27:58 ID:bcyv6qe.0 [8/27]
  
彼に転機が訪れたのは、上司に勧められた見合いの席についたときだった。

川 ゚ -゚)「初めまして。素直クールと申します。
     友人にはクーと呼ばれています」

( ・∀・)「……」

お辞儀と同時に艶やかな髪が肩へ流れてゆくのを目にし、
思考は瞬きほども時間をかけずして消え去った。

髪だけではない。
落ち着いた声も、ちらりと見えた青をわずかに垂らした黒の瞳も、
細身の体によく似合う服装も、頭を下げるその所作さえ、
モララーの思考を押しのけ、心や脳の全体を占領してしまう。

川 ゚ -゚)「あの……?」

(;・∀・)そ「あ、はい!
       すみません。少し、ぼーっとしてしまいまして」

相手からの無言に、クールと名乗った女性は戸惑いの表情を浮かべる。
窺うような声に正気を取り戻したモララーは、
一言謝罪を入れ、自身の紹介へと移っていく。

( ・∀・)「私は良野モララーと申します。
      本日はこのような場を用意していただき、光栄です」

川 ゚ -゚)「こちらこそ。いつまでも独り身の私を心配し、
     母が都合してくれたのですが、あなたのような人と会えるのであれば、
     もっと早くに見合いというものを受け入れても良かったかもしれません」

169 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:28:34 ID:bcyv6qe.0 [9/27]
  
片手では数え切れぬほどの女性と付き合ったことのあるモララーであるが、
今ほど感情が揺れ動いたのは生まれて初めてのことであった。

( ・∀・)「それで――」

川*゚ -゚)「ふふ、それ、本当に?」

いつになく会話は弾み、
出される食事も質の高さが窺えるもので、
実に良い時間を過ごすことができた。

( ・∀・)「よければ、また今度、
      食事でもご一緒できればと思うのですが」

川 ゚ -゚)「奇遇ですね。私もいつ言い出そうかと考えていたところです」

過去の女性達と遊びで付き合っていたつもりなどないが、
クールと出会い、脈打つ心臓を鑑みるに、
あれらは全て本気の恋ではなかったのだろう。

恋や性交渉というものへの好奇心からあの関係はきていたに違いない。
この歳で初恋か、と思わないわけではなかったが、
それ以上にモララーは浮かれていた。

交換した電話番号とメールアドレスと携帯電話に打ち込むわずかな時間に幸福感を覚えるなど、
昨日までの自分に告げたところで信じないに決まっている。

170 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:29:25 ID:bcyv6qe.0 [10/27]
  
川;゚ -゚)「遅れてしまってすみません」

( ・∀・)「いいえ。私も今きたところです。
      それに、予定の時間から十分も過ぎてませんよ」

川 ゚ -゚)「たとえ一分であろうと遅刻は遅刻です」

眉を下げるクールに優しい言葉をかけ、
モララーは雰囲気が良いことで有名な店へ彼女を案内する。

既婚者の同僚もこの店を現在の奥さんとのデートに利用しており、
店員、料理、雰囲気、共に非常に良い、という評価をしていた。
顔も知らぬ不特定多数の意見とよく知る人物からの太鼓判があるのだ。
初デートの場所としては申し分ない。

( ・∀・)「二名で予約していた良野ですけれど」

木目調の扉を開ければ、
なるほど、ほの暗い店内にある光は炎を連想させる淡さと落ち着いた色味をしており、
店内にいる者の顔を優しく照らしている。

粗をぼかすと同時に、血色を良く見せる効果は、
恋人、もしくはその候補を連れてくるには最適なものであった。

流れるクラシック、店内に作られた細い水路を行く水の音。
瑞々しい観葉植物と半分個室のように区切られた席は、
同僚やネット上で絶賛されるに相応しいものである。

171 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:30:03 ID:bcyv6qe.0 [11/27]
  
川 ゚ -゚)「モララーさんからのメール、
     いつも楽しみにしてるんです」

( ・∀・)「それは嬉しいですね」

川 ゚ -゚)「つい話が弾んでしまって、
     長話になってしまうのが申し訳ないな、と」

( ・∀・)「私は構いませんよ。
      でも、そうですね。
      もしも良かったら、次からは電話をしても良いですか?」

川*゚ -゚)「……もちろん」

クールの頬がわずかに赤く染まる。
照明による錯覚かもしれないが、
弾む調子を押さえ込んだような声を聞けば、
モララーの目が場の雰囲気に騙されているわけではないことは明白。

メールのやりとりは続けていたけれど、
直接顔を合わせたのは二回目だ。

展開が速すぎるだろうか。
否、モララーはひと目見たときから彼女に恋をした。
始まりが早かったのであれば、
続きが同様であるのは必然のはず。

勝機がないわけでもない。

( ・∀・)「……そしてできれば、
      敬語もやめていただきたい」

172 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:30:35 ID:bcyv6qe.0 [12/27]
  
他人としてではなく、恋人として。
それがまだ早いのであれば、
心が揺れ動く友人として。

モララーはクールの心に居座りたかった。

川*゚ -゚)「わかった」

小さく頷いた彼女に、モララーは安堵の笑みを返す。

( ・∀・)「良かった。
      断られたらどうしようかと」

川 ゚ -゚)「そんなはずがないだろ?
     もし断るなら、そもそもここにだって来ていない」

人によっては冷たく感じるかもしれないクールの言葉選びも、
モララーからしてみれば自分に素直かつ落ち着いた好印象にしかならない。

川 ゚ -゚)「電話やメールだけと言わず、
     また美味しい料理も食べたいしな」

テーブルに置かれているのは、
トマトとキノコをふんだんに使ったパスタだ。

フォークを用いて口元に近づければ、
ハーブとトマトの芳醇なさわやかさが鼻腔をくすぐる。

173 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:31:14 ID:bcyv6qe.0 [13/27]
  
口に含めば優しい酸味と共に、
キノコの味わい深さが広がり、舌先を楽しませてくれる。

前菜として出されたズッキーニーのオイル漬けも中々のものであったが、
パスタも予想を外さぬ美味さである。
次に出てくる肉料理への期待も高まるというもの。

( ・∀・)「これは次も良い店をリサーチする必要がありそうだ」

川 ゚ -゚)「次はキミの馴染みを知りたいものだが」

( ・∀・)「ここほどの料理は出てこないよ」

川 ゚ -゚)「普段の食事が知りたいんだ」

( ・∀・)「だったらいずれはボクの手料理も振るわないとだね」

川 ゚ー゚)「楽しみにしているよ。
     勿論、私の手料理も食べてもらうことになるけど」

( ・∀・)「わお。最高だね。
     その日が今から待ち遠しいや」

会話が弾む。
食が進み、アルコールが喉と胃を心地良く焼いていく。

見合いの席での料理も大そう美味しいものだったが、
この店も相当に質が高い。
二人で二万程度で良いのか、と本気で悩んでしまう。

174 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:31:37 ID:bcyv6qe.0 [14/27]
  
初デートでこれほどの料理を出されてしまっては、
次回からの店選びはどれほど大変だろうか。

わずかな不安がモララーの脳裏をよぎるが、
きっとクールは見知った居酒屋の料理でも笑んでくれることだろう。

彼女を美化しているわけではなく、
極普通に生きている中で、これだけの料理をこの価格で見つけることは難しい。
そのことを理解し、高すぎるモノを望まぬだけの賢明さをクールは有している。

ブランド品を買い与えなければ満足せぬ豚のような女ではないのだ。

川 ゚ -゚)「今日も楽しかった」

( ・∀・)「ボクもだよ」

川 ゚ -゚)「……帰ったらメールをしても?」

( ・∀・)「ボクから送るかもしれない」

川*゚ー゚)「待ってる」

( ・∀・)「走って帰らないと」

川*゚ー゚)「競争でもしようか?」

( ・∀・)「怪我をしたら大変だ。
      ゆっくり帰ってくれ」

175 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:32:32 ID:bcyv6qe.0 [15/27]

二人は頻繁に連絡をし合い、
日常の中に週末のデートが組み込まれるようになった。

ショッピングでは互いの服や持ち物を選びあい、
気になっていた映画を鑑賞し、
コンサートや展覧会にも赴いた。

最後に行く食事の場所は交互に選び、
新しい店の発掘やオススメを紹介しあった。

( ・∀・)「……おかしい」

周囲から揶揄される程度には楽しく、充実した日々だ。
金曜になれば目に見えて浮かれ、
デートの日は一日を通して幸福感に満たされる。

別れた次の日には恋しさを覚え、
メールに電話にとクールの存在を確かなものにしようとした。

だが、満たされた生活の中、
モララーに一つの疑問が生まれる。

( ・∀・)「あの店はボクがよく利用してた店だ。
      味は悪くないが、あそこまでではなかったはず」

週明けの月曜日。
自分で作った夕飯を口に入れつつモララーは思い悩む。

176 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:33:21 ID:bcyv6qe.0 [16/27]
  
昨日、クールと食事をした店は、
馴染みとまでは言わずとも、
それなりの頻度で利用していた居酒屋だ。

悪い味ではないが特別美味いわけでもない。
変わったメニューがあることが気に入っていただけで、
その他に特筆するべきところはないような店だったはず。

( ・∀・)「……どうしてあんなに美味しかったんだ」

舌の上で広がった旨み、
歯ごたえから脳髄に伝わってくる味、
鼻から胃へ落ちてくる香り。

どれをとってもモララーの知るものとは違っていた。
料理人が変わったのか、と思い、
さりげなく厨房へ目をやりもしたが、
そこにいる禿げ頭は数年前からちっとも変わっていない。

使う食材が変わったのであれば大々的に宣伝を打つだろうし、
調理方法がここ最近で変わったにしても味の違いが劇的だ。

( ・∀・)「一体全体、どういうことだ」

自分の周りで、自分の理解が及ばぬことが起きている。
良い方向への変化であるため、不気味とまでは思わないけれど、
モララーの好奇心を刺激して有り余るほどの事態ではあった。

177 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:33:53 ID:bcyv6qe.0 [17/27]
  
( ・∀・)「まずは落ち着いて前提を考えよう」

食事を終え、風呂に湯を溜めながら考える。

( ・∀・)「いつからこの異常は起きているのか」

頭の中だけで思考を完結させるのは賢いやりかたではない。
周囲に人がいない状態であるのならば、
思考を整理し、状況を再認識させる効果を期待し、考えを声に出していくべきだろう。

( ・∀・)「不明。ボクが認識しだしたのはここ数週間。
      仮に数週間前からの異常であるとするならば、
      その期間に何があったか」

記憶を掘り起こし、過去へと飛ぶ。

( ・∀・)「仕事の成績が上がった。
      外食の回数が増えた。
      クールと出会った」

明日の準備に手を動かし、
一つ一つ心当たりをあげていく。

( ・∀・)「ふむ。外食回数が増えたことで、
     ボクの舌の好みが変わった……?
     いいや、そうだとすれば年単位の変化になるはずだ」

178 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:34:36 ID:bcyv6qe.0 [18/27]
  
ならば、とモララーは言う。

( ・∀・)「クールさんと出会ったことが原因だと仮定すると」

テーブルに置いていた携帯電話が震えた。
数回のバイブレーション。
メールを受信したのだろう。

( ・∀・)「彼女と話すことに集中するあまり、
      味へ意識が向いていない……?」

散々に言われてきた、
誰かと共に食べる食事は美味しい、などという選択肢は最初から除外されている。

積み重ねてきた検証の結果が、
他者と食べる食事に変化はない、と結論付けていた。
クールは素晴らしい女性だ。
愛おしい存在でもある。

しかし、共に食事をする人間は味に変化をもたらさない。
決定的な要因を見つけぬ限り、
モララーは己の出した結論を覆すつもりはなかった。

( ・∀・)「あるいは」

携帯電話を手に取る。
クールの名前が画面にポップアップされていた。

179 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:35:06 ID:bcyv6qe.0 [19/27]
  
ネットで見つけた可愛い動画の話に並び、
次に行く予定の店を見つけたこと、
残業で疲れたことが書かれており、
文末はおやすみなさい、という言葉で締めくくられている。

( ・∀・)「……彼女がいることで生まれるポイント」

返信を打ちながらも思考の半分が帰ってこない。

店に人間にも変化がなく、
他人が味に変化を及ぼさないのであれば、
要因はクールという人間にあるのではないか。

思い出されるのは、クールの艶やかな黒髪。
風に揺られたそれは、隣にいるモララーへ甘く優しい匂いを運ぶ。
笑顔は柔らかで愛らしく、普段は大きく、笑うときは細められる目は水分をたっぷり含んでいて美しい。
言葉を紡ぐ唇は弾力があり、初めてのキスをした際は夢中になってしまった。

( ・∀・)「そうか」

また明日、と付け加えたメールを送信し、
モララーは天啓を得る。

( ・∀・)「彼女は特別なんだ」

気づいてしまった。
好奇心が背を蹴りつける。

180 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:35:32 ID:bcyv6qe.0 [20/27]
  
川 ゚ -゚)「お邪魔します」

( ・∀・)「何もない家だけでくつろいでてよ」

悩みに結論を打ち出して数週間。
モララーは初めてクールを自宅に招待した。
二人の関係は既に恋人未満を脱しているが、
時間の都合や互いの興味関心の都合で自宅訪問は後回しにされていたのだ。

川 ゚ -゚)「キレイな部屋だ」

( ・∀・)「物がないだけだよ」

川 ゚ -゚)「いいや、埃もないし、細かなものもきちんと整理されている。
     日頃からちゃんと家事をしている人間の部屋だ」

( ・∀・)「そう褒められると恥ずかしいなぁ……」

本棚にしまわれている本の話や、仕事の話。
テレビをつけて番組に対する感想などを言い合っていれば、
時間はあっという間に過ぎていく。

( ・∀・)「もうこんな時間か」

外を見れば夕日が半分以上地の底へと沈みこんでいた。
もう間もなく世界は夜になる。

川*゚ -゚)「……今日は、泊まっても?」

181 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:36:05 ID:bcyv6qe.0 [21/27]
   
クールの荷物はいつものポーチではなく、
大き目の旅行鞄だった。
恋人が自宅へ招待してきたのだ。
泊まりを想定するのは当然だろう。

( ・∀・)「一つ、話をしても?」

川 ゚ -゚)「ん? あ、あぁ、勿論だとも」

予想外の返しに言葉を詰まらせながらも、
彼女は是と応える。

( ・∀・)「ボク、人と食べるご飯に特別な美味しさとか感じたことがなかったんだ」

川 ゚ -゚)「そうなの、か?」

( ・∀・)「うちの家はみんなでご飯を食べる習慣がなかったからかな。
      成長した今でも誰かの存在が食事をより良いものにしてくれるって感覚がなかった」

それがキミと出会って変わった。
モララーは優しい声色で言う。

( ・∀・)「よく行く店の料理があんなに美味しく思えたのは初めてだった」

川*゚ -゚)「ふふ、それは良かった」

クールは笑む。
当然だ。
恋人からキミは特別な存在だ、と言われて嬉しくならない女はいない。

182 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:36:55 ID:bcyv6qe.0 [22/27]
  
( ・∀・)「たくさん考えた。
      どうしてキミとならあの料理も、あの料理もどれもこれも美味しくなるんだろうって」

川*゚ -゚)「それは私だからこそ、か?」

( ・∀・)「その通り!」

モララーは両手を大きく広げ、
ソファに座っていたクールを抱きしめる。

( ・∀・)「キミが傍にいるだけで、
      ボクの脳も舌もすっかり変わってしまう」

川*゚ -゚)「おいおい、どうしたんだ急に」

( ・∀・)「嬉しいんだ!
      キミと出会えて。
      新たな可能性に出会えて!」

川*゚ -゚)「……私も、嬉しいよ。
     モララーと出会ってから、楽しいことだらけだ」

( ・∀・)「ありがとう。
      キミという存在をボクは無駄にしない」

川 ゚ -゚)「それってどういう――」

クールの言葉が止まる。
背後から、鋭い冷たさが体内に入り込んだ。

183 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:37:23 ID:bcyv6qe.0 [23/27]
  
川 ゚ -゚)「モ、ラ……?」

( ・∀・)「近くにいることで感じられる香りがボクの嗅覚を刺激した。
      柔らかな肉体がボクの想像力をかきたてた。
      世界で一番美味しいものがそこにあったから、
      前菜まで美味しく感じられたに違いない!」

クールを抱きしめた右手には大振りのナイフが握られており、
彼女の背に突き立てられている。
モララーは一言を発するごとに刀身をより深く埋めていく。

川 ゚ - )「モッ……!」

( ・∀・)「わかるよ。キミの言いたいことは。
      ずっとキミといれば、ボクは以前よりずっと美味しいものを食べ続けられる。
      殺してしまうなんてもったいないよね」

でも、我慢できない。
常と変わらぬ表情と声で彼は言う。

( ・∀・)「好奇心が止められないんだ。
      前菜まで美味しくしてしまうようなキミの体は、
      一体どれほど至高なんだい?
      味わいたい。世界最高を」

暖かい血がクールの服を、モララーの手を汚し、
黒のソファを伝って床まで侵食していく。

184 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:40:08 ID:bcyv6qe.0 [24/27]
   
( ・∀・)「髪までちゃんと食べるからね」

川  - )「――ぁ」

柄まで埋まり、クールはか細く空気を吐いて力を失う。
鼓動の音が止まった。

( ・∀・)「よい、しょっと」

血抜きもしなければならないが、まずは死体を冷やさなければならない。
傷口から入り込んだ最近により、血液が腐ってしまう前に。
モララーはクールの体を抱き起こし、
先んじて溜めていた浴槽の氷水へと彼女の体を放り込む。

透明な水が赤く染まり行くのを確認しながら、
彼は次の作業の準備をしていく。

( ・∀・)「数日にわけて食べよう。
      冷凍する分と、燻製にする分と、たたきと、煮込みと焼きと」

鼻歌混じりに道具を揃え、
とうとうクールの解体が始まった。

血を抜き、皮を剥いで部位を分け、肉を削ぐ。
何分、初めてのことであるため、全てを完璧にこなすことなどできるわけもなく、
赤が浴室に撒き散らされるが、モララーは気にも留めない。
充満していく鉄錆びにも似た匂いが彼の腹をくすぐって仕方がないのだ。

今の彼にあるのは食への探究心のみ。

185 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:40:49 ID:bcyv6qe.0 [25/27]
  
( ・∀・)「いただきます」

解体という重労働を終えたモララーは、本日の夕飯に肉を並べた。
新鮮な肉を軽くあぶり、たたきにしたものと白米を前に、手を合わせる。

キレイな箸が一口サイズの肉をつまみ、
タレも何もつけぬままモララーの口へと運ばれた。
まずは食材そのものの味を確かめねばなるまい。

(*・∀・)「あぁ……。
      これは、素晴らしい」

深い味わい。
舌の上でとろける感覚。
鼻にまで昇ってくる香り。

どれをとっても至上であった。

(*・∀・)「いかんな。箸が止まらない」

肉は有限だ。
クールは細身の女性であったため、
得ることができた量もそう多くはない。

欲望のままに箸を進め続け、
調理をしてゆけば、瞬きの間に至高の肉は消えてしまうだろう。
自制心を取り戻すためにその時を想像してみるが、
何とも耐え難い飢餓感に襲われてしまった。

186 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/14(金) 18:41:25 ID:bcyv6qe.0 [26/27]
  
( ・∀・)「キミほどの女性にはもう二度と会えないんだろうなぁ」

暗い外の世界へ目をやり、モララーは心底残念である、と言葉を零す。

一時の幸福が終わってしまえば、
残されるのはあの味気ない料理達だけ。
また共に食事を楽しめるような人間に出会えるとも思えない。

( ・∀・)「……やっぱり、ちょっともったいなかったかな」

皿の上に残された最後の一切れを突き、
ひと匙の後悔にふける。

( -∀-)「だけど、仕方ないよね」

だって。






( ・∀・)は好奇心に勝てないようです






( ^ω^)文戟のブーンのようです[3ページ目]

( ^ω^)は零感のようです

698 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:31:33 ID:9/hgpxdo0 [2/35]
  
ξ゚⊿゚)ξ「霊感がないことを零感、なんて呼んだりするけど、
      お化け側としてはこれが一番厄介なんですって」

ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎を前に、ツンは声を潜めて語る。

ξ゚⊿゚)ξ「認識されないモノは存在しない。
      私達だって遠い世界のどこかで起こっている事件について、
      まるで架空の話のように感じられることって多いでしょ」

室内の明かりは暖かな炎によるものだけで、
人類の英知である電気は全て消されている。
窓はカーテンでしっかりとふさがれており、
街灯も月明かりも入ってこない。

ξ゚⊿゚)ξ「あまり意識していないけど、
      認識の力っていうのはすごく強いの。
      存在が薄くて頼りないお化けが縋るくらいには」

きし、と木造の建物が軋む。
風の影響だろうか。経年劣化のためだろうか。

ξ゚⊿゚)ξ「だからこそ、人に認識されるべく、お化けは自分を主張する。
      音を、影を、そこにある物を使って」

周囲は息を呑み、そっと耳をすませる。
今も何処かからナニカがこちらを見ているような、
存在を知らしめるべくうごめいているような。
そんな気がした。

699 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:32:15 ID:9/hgpxdo0 [3/35]
  
ξ゚⊿゚)ξ「勘の良い人は気づいてしまう。
      認識して、お化けをこの世界に存在させてしまう」

空気のように、目に見えず、触れることもできないモノが、
確固たる形を持ち、そこに存在してしまう。
ツンの傍らで足を折りたたんでいる男の肩が揺れた。

気づいてはならない。
風の音も聞こえぬというのに、
窓ガラスが軋み、何かがぶつけられているかのように鳴いているなど。

ξ゚⊿゚)ξ「死ぬのか、連れていかれるのか。
      全てはお化けしだい。
      生きた人間にできることなんて、
      ほんのわずかしかない」

蝋燭の炎を見つめていた目がゆっくりと上げられる。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、私達は幸せだと思わない?
      何も知らない、気づかない。
      そこに、人がないモノがいたとしても、ね」

ツンの小さな唇が静かに空気を取り込む。

ξ-⊿-)ξ「五十三本目、おわり」

ふっ、と息が吐き出され、
室内を緩く照らしている明かりが一つ、消え去った。

700 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:32:48 ID:9/hgpxdo0 [4/35]
  
(´・ω・`)「物語じゃないところがミソだね」

川 ゚ -゚)「見えない幸いか。
     確かにそうだな」

('A`)「ふぅ……。
   お前、語り口が上手いよなぁ」

(;^ω^)「普通に怖かったお」

ξ゚ー゚)ξ「そう言ってもらえると話したかいもあるってものね」

小さな物置小屋の中、五人の男女が蝋燭の日を囲んでいる。
すでに火が消されているものが五十三本。
未だにオレンジ色を揺らめかせ、
真夏であるにも拘わらず温もりを室内に蔓延させているものが四十七本。

よくもそれだけの数を揃えたものだ、と、
彼らを知るクラスメイト達は呆れることだろう。

(´・ω・`)「それにしても結構、時間がかかるものだね」

('A`)「そろそろ熱くなってきた……」

川 ゚ -゚)「いくつかの窓は開けてるが、
     最近は夜でも暑いからな」

誰が言い出したか定かではないけれど、
遊びも学びもよく共にする面々はこの夏、
百物語を敢行することとなった。

701 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:33:24 ID:9/hgpxdo0 [5/35]
  
好奇心半分、恐怖心半分。
心臓を高鳴らせ、仕入れてきた自慢の怪談話を披露できたのは三十本目まで。

残りは終わりの見えぬ蝋燭の量に怯え、
小さくとも炎が生み出す熱量に汗を拭う。
本来、恐怖で涼しさを得るための儀式のはずが、
実際にこうして体験してみれば熱さが優に上回った。

ξ゚⊿゚)ξ「次、ブーンよ」

(;^ω^)「おっ。
      またボクの番かお……」

('A`)「馬鹿。ちゃんと順番に回してるだろうが」

蝋燭を一本、目の前に置かれ、ブーンは眉を寄せた。
元よりオカルト話を好む性質ではない彼は、
何処かに怪談話が残っていないか必死に脳の奥を探索する。

この日に備え、幾つかストックを蓄えてはきたものの、
有名どころは他の者も当然のように知っており、
既に語られてしまった後だ。

何か、今すぐに作り上げた話でもいい。
怪談を口にしなければ。

(´・ω・`)「ブーン?」

川 ゚ -゚)「降参か?」

702 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:34:01 ID:9/hgpxdo0 [6/35]
  
(;^ω^)「――降参だお」

がくりと肩を下げ、ブーンは白旗を上げた。

(*'A`)「よっしゃ。罰ゲーム回避~」

(´・ω・`)「危なかった。あと三週されたらボクもストック切れだったよ」

川 ゚ -゚)「おい、残りの蝋燭貸してくれ。
    いちいち吹き消すのも面倒だし、
    水に入れていく」

ξ゚⊿゚)ξ「勿体無くない?」

川 ゚ -゚)「乾かせばまた使えるだろ。たぶん」

うな垂れるブーンを横目に、
ドクオは立ち上がり凝り固まった体をほぐすように小躍りをし、
ショボンは深く息を吐いて重心を後ろへやる。
ツンとクーは万が一のために用意していた水バケツへと火を入れては出すを繰り返した。

たった五人で百もの怪談話ができるとは最初から誰も思っていない。
仮にこれがオカルト研究会のような集まりであれば、
時間をかけて成し遂げる可能性もあっただろうけれど。

対して、今集まっている彼らは常日頃からだらだらとお喋りに興じ、
ゲームをして、テスト勉強をするだけの顔ぶれだ。

かといって、せっかくの百物語を不完全燃焼に終わらせたくはない。
若い頭が五つ円を囲み出した結論は、
最初にネタ切れを起こした者への罰ゲームだった。

703 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:34:32 ID:9/hgpxdo0 [7/35]
  
(´・ω・`)「さあ、どーぞ」

(;^ω^)「本当に行くのかお……?」

所有者のわからぬ木造の物置の片づけを終えた一行は、
近隣で少しばかり有名な心霊スポットまでやってきた。

鬱蒼と木々が覆い茂る林の中、
太陽から隠れるようにして立てられた一軒家。

いつ建てられ、いつ無人になったのかさえ知られていないそこは、
どのような曰くが付きまとっているのかを聞かされておらずとも、
充分過ぎる程の不気味さと嫌悪感を見る者に与えてくる。

ξ゚⊿゚)ξ「罰ゲームだからね」

(;'A`)「いや、でもここマジこえーわ」

川 ゚ -゚)「昼間に来たときも相当だったが、
     夜はやはり一味違うな」

彼らの腰のやや下辺りまで伸びた雑草は不明瞭な足元を生み出し、
一歩を行くことすら、嫌なイメージと共にしなければならない。

木造の壁は碌な手入れも受けていないためひび割れており、
あちらこちらから名も知らぬ植物が生えている。
光のないの場所では、何てことない葉でさえ人の手に見えてくるのだから恐ろしい。

704 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:35:04 ID:9/hgpxdo0 [8/35]
  
(;^ω^)「うぇぇ……」

ξ゚⊿゚)ξ「男の子でしょ。
      ちゃちゃっと行ってきなさいよ」

(;^ω^)「男女差別反対!
      時代は男女平等!」

川 ゚ -゚)「もし私が負けていたら行っていた。
     これは罰ゲームなのだから諦めろ」

女子二人に背を押され、ブーンは一歩、また一歩と見えぬ地面を踏みしめた。
残された男達は苦く笑いながらも三人の行く先を懐中電灯で照らしてやる。
何も見えぬというのも恐ろしいが、
中途半端な明かりは深い闇を強調し、人の恐怖心という本能を過剰に刺激してしまう。

(;^ω^)「あぁ……。
      気持ち悪いお……」

湿った土は時折ぬかるみを形成しており、ずるりと滑る感覚が彼の足に残る。

体験したことなど一度もないけれど、
あたかも腐った人間の肉を足で潰したかのように感じられてしまう。
いつか、残された骨を踏み、バキリと音を立ててしまうのではないか。

過敏になった神経は五感を駆使し、
周囲へ気を張り巡らせ、わずかな音も感触も逃すまいとする。

(;^ω^)「ヒッ」

足元で硬い何かが折れる音がした。

705 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:35:28 ID:9/hgpxdo0 [9/35]
  
川 ゚ -゚)「ただの枝だ」

今から家の中へ入らなければならないブーンと違い、
外で仲間達と待機していられるクーは冷静であった。

足元から聞こえてきた音は、
ただの木の枝で、けっして人の骨などではない。

ξ゚⊿゚)ξ「もー、本当にビビりなんだから。
      別に何かとって来いってわけでもないし、
      ぐるーっと部屋を見て回るだけでいいから」

(;^ω^)「それが怖いんだお……」

手には一本の懐中電灯と一袋の塩。
どこぞの神社で貰ってきたような霊験あらたかなものではなく、
道中のコンビニで購入した市販品だ。

せめてファブリーズも装備しておくべきだった、とブーンは嘆く。
噂の真偽はわからないが、
幽霊を退けるというネット界隈の話を心の拠り所にすることくらいはできたはず。

('A`)「あんま遅くなるなよー」

(´・ω・`)「小さい家だし、部屋数も多くないでしょ。
     あまり長居すると虫に噛まれそうだし、
     早めにお願いね」

( ^ω^)「あいつら勝手なことを」

706 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:35:57 ID:9/hgpxdo0 [10/35]
  
我関せずとばかりな態度をとる男二人へ小さな怒りを抱いているうちに、
ブーンと二人の女子は家の玄関前にたどり着いてしまった。

川 ゚ -゚)「私達はここまでだ」

ξ゚⊿゚)ξ「頑張って~」

(;^ω^)「あぁ、行かないでボクの女神達」

軽く手を振り、早足でドクオとショボンのもとへ帰っていく。
ここまで背を押してくれた彼女らであったが、
幽霊が出ると噂の家へ極力近づきたくはなかったのだろう。

(;^ω^)「……」

四人がこちらへ懐中電灯を向ける。
ブーンはそれを確認してからゆっくりと振り返り、
玄関を静かに照らしていく。

表札は残っているが、苔が生えており下にある文字を読み解くことはできない。
ポストはガムテープで塞がれているものの、
雨風にさらされた結果、半分ほどが粘着力を失いだらりと垂れ下がっていた。
闇よりも暗く感じられるポスト口は、じっと見つめていると一対の目が浮かんできそうな雰囲気を持っている。

中へ続く扉は昔ながらの引き戸で、曇ったすりガラスの向こう側は不明瞭だ。
懐中電灯で照らしても光を反射するばかりで、内側の様子は一切わからない。
ただ、幾人もが肝試しにきている証か、扉は数センチほど開いている。

視線を降ろした先にあるコーヒーの空き缶は、
心無い誰かの忘れ物だろうか。

707 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:36:28 ID:9/hgpxdo0 [11/35]
  
(;^ω^)「行くかお」

息を吸い、扉に手をかける。

嫌がる手を叱咤しつつ力をこめれば、
砂を噛んでざりざりと音を立てながら扉は内側の風景を見せてくれた。

足を踏み入れる前、
ブーンは室内を照らす。

砂利と枯れ草が入り込んだ三和土には、
幼い女の子の物と思われる靴が一足。
色あせたピンク色は左右ばらばらになって転がっていた。

(;^ω^)「うわ、うわ、うわ。
     小さい女の子はダメだお」

ホラーの定番だ。
ゲームでも映画でも、
幼女といえばそれはそれは恐ろしいモノが正体であることが決まっている。

現実世界で見る子供はあれほどまでに可愛いというのに、
どうしてホラーというものが組み合わさるとこうも恐ろしく変化してしまうのか。

(;^ω^)「しかも、何で、これしか残ってないんだお」

他に母親や父親の物と思われる靴が転がっているのなら、
夜逃げの際に置いていかれたのだ、と思えるのに。
今、ブーンの視界に入っているのは小さな靴だけ。

708 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:37:04 ID:9/hgpxdo0 [12/35]
  
(;^ω^)「靴箱に入ってたり?」

中が見えぬように扉がつけられている靴箱へと目をやる。
子供の分が外にあるだけで、
ちゃんと確認すれば大人物も残っているのかもしれない。

ブーンは手を伸ばす。

(;^ω^)「……いやいや、止めておこう。
     余計なことをする必要はないお」

取っ手に触れる寸前で伸ばした手を戻し、頭を振る。
開けてみて、中が空っぽであるならばまだ良い。

万が一、ありえない話だとは思うけれど、
女の生首がこちらを見ていたら。
大量の御札が貼られていたら。
酸化した血の色で染まっていたら。

悲鳴どころではすまない。
腰を抜かし、這い蹲るようにして友人達のもとへ行くことになる。

(;^ω^)「呪い殺されでもしたら」

こんなところに来てしまったが、
彼は自殺願望者ではない。
明日の夕飯に心を躍らせ、
きたる始業式への憂鬱を抱えた学生なのだ。

709 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:37:44 ID:9/hgpxdo0 [13/35]
  
パンドラの箱は閉めたままであるべきだと結論付け、
ブーンはいよいよ室内へ足を踏み入れる。

土足で上がるべきか否かを数秒ほど悩んだが、
懐中電灯に照らされた廊下に木の葉を含めたゴミが落ちているのを見ると、
とてもではないが靴を脱ごうという気にはなれない。

(;^ω^)「おじゃましま~す」

板張りの廊下に足を置くと、
ぎしりと小さく音が立つ。
片足、もう片足と両方を乗せ、ブーンは正面を照らす。

直線の廊下。最奥で左へ曲がれるようになっている。
奥に障子が一つ。
おそらくは居間だろう。

そこへ至るまでの左右に部屋が一つずつ。
いずれも襖はしっかりと閉まっており、
玄関扉のような隙間はないように思えた。

(;^ω^)「手前、から」

ラスボスは奥にいるものだ。
出口に近い場所であれば、
何かあった時、逃げ出すことも容易い。

710 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:38:11 ID:9/hgpxdo0 [14/35]
  
恐る恐る襖を動かせば、
古い家屋特有の抵抗もなく簡単に室内が眼前に広がる。

(;^ω^)「子供部屋、かお」

敷かれた畳は湿度も気温も管理されていない場所に放置された上、
無作法な探索者によって踏み荒らされ、ゴミ同然の有様と成り果てていた。

ブーンは無作法の一員となり、室内へと入り込む。
一歩ごとに聞こえてくる家が軋む音は、
人外への恐怖と共に、建物倒壊の恐怖を彼に与えてくる。

(;^ω^)「勉強机と、本棚と」

子供用の勉強机には多くの落書きが残されていた。
元の持ち主が書いたものではなく、
ここを訪れた者達の手によって書かれたものだ。
相合傘から誰それ参上まで、多種多様な王道がそこにはある。

机の上や周辺に散らばっているノートや教科書の類も、
元はしっかりとしまわれていたものかもしれない。

(;^ω^)「いくら幽霊屋敷とはいえ、これは酷いお」

棚に残っている本を懐中電灯で照らして確認する。
自立することができぬ本たちは不揃いに倒れており、
タイトルを確認するためには多少なりとも触れる必要があった。

711 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:38:34 ID:9/hgpxdo0 [15/35]
  
(;^ω^)「よ、っと」

一冊を手に取る。
動かしただけで埃が舞い、思わず咳き込んでしまったが、
それ以上の何かが起こる気配はない。

(;^ω^)「古い漫画だお」

呪術に関するおぞましい本でも、
土着宗教にまつわる逸話が書かれた本でもない。

歳相応の子が読みそうな、
単純でわかりやすい漫画本だ。

(;^ω^)「中身は……やめておくかお」

恐怖心による中断ではない。
先ほど、少し手に取っただけで舞い散った埃を思うと、
ページをめくる気になれなかっただけのこと。

出てくるのが埃だけであるのならばまだしも、
小さな虫が飛び出して来た日には、
ブーンはあられもない声と共にこの家を出ることになってしまう。

そうして、お化けよりも虫を怖がった男として、
散々笑いものにされるのだ。

712 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:39:06 ID:9/hgpxdo0 [16/35]
  
手に取った本を元の場所へと戻し、
ブーンは改めて部屋を懐中電灯でぐるりと照らす。

壁は年季を感じさせる汚さがあるものの、
血痕や人の顔に見えるシミなどはない。

窓には日に焼けたカーテンがかかっており、
外の世界を見ることは叶わなかった。
ほんの少し、隙間が空いていることからブーンは目をそらす。

扉にせよ窓にせよ、カーテンにせよ、
完全に開け放たれていれば大きな恐れにならぬというのに、
ほんのわずか、顔のパーツが一つ収まる程度の隙間というのは非常に恐ろしいものだ。

何の変哲もないカーテンが女の黒い髪の束のようにさえ思えてしまう。
電気の光に照らされたそれは、白っぽいピンクであるというのに。
人間の認識というものはあてにならない。

(;^ω^)「ここはもういいか」

他に目立ったものはない。
家捜しをするためにきたのではないのだから、
隅から隅まで探す必要もないだろう。

ブーンは部屋を出るべく足を進めた。

どさり、と背後で何かが落ちる。

713 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:39:29 ID:9/hgpxdo0 [17/35]
  
(;^ω^)「…………」

足を止め、息を止め、背後へ意識をやる。
格闘技の達人でも何でもないブーンは、
目に見えぬモノの気配を感じ取る技術など持ち合わせていない。

けれど、無関心でいることもできず、
己から発せられる音を極力控え、
背後から聞こえてくる物音を聞き逃さぬよう本能が働いた。

(;^ω^)「……お」

数分か、数秒か。
長く感じられた時間を静止したまま過ごした彼は、
無意味な音を発し、緩慢な動きで振り返る。

わからないは恐ろしいと同意義だ。
何が起きているのか、
そもそも背後に何かあるのか。

じっと待ち続けるには重過ぎる恐怖がブーンの肩に圧し掛かる。
体ごと後ろを向いてしまったのは、致しかたのないことだった。

(;-ω-)「……」

何もないことを望みつつ、
頭の中に浮かぶのは恐ろしい形相をした化け物の姿だ。
今にもブーンを食い殺さんとするその表情に、
彼の背はナメクジが這うような速度であわ立っていく。

714 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:40:18 ID:9/hgpxdo0 [18/35]
  
(;^ω^)「……何も、いない」

振り返った部屋の中は、
先ほどまで見ていた風景と何ら変わりない。

否、一つだけ違っている。

(;^ω^)「あ、漫画が落ちてるお」

ブーンが元に戻したつもりであった本が床に落ちていた。
強く意識して行った行動ではなかったため、
記憶が曖昧であるが、たどってみれば本棚の奥に手を入れるのが恐ろしかったため、
手前のほうに本を置いたような気もする。

彼が歩けば床が軋むような家だ。
歩行の振動を受けた本棚から本が落ちることはそうおかしなことではない。

(;^ω^)「良かったお。
      マジで死ぬかと思ったお」

安堵の息を漏らしたブーンは改めて部屋に背を向け、
向かい側の部屋へ赴くべく足を進めて行った。

無論、襖を隙間なく閉めることは忘れずに。

715 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:41:25 ID:9/hgpxdo0 [19/35]

(;^ω^)「こっちは親の部屋、とかかお?」

子供部屋と同じく痛んだ畳が敷かれた部屋は、
家具が一切なく、がらんとした空間が広がっている。
床の間には古びた掛け軸が残されており、
侵入者を迎えてくれているようだった。

(;^ω^)「うわぁ」

他に注目する物がなかったため、
渋々掛け軸へ光を当てれば、橋と柳が描かれた水墨画が現れる。

ブーンは芸術に詳しいわけではないので、
ここに放置されている物の価値や作者がわかるわけではない。
しかし、橋と柳が幽霊と非常に相性が良いことは知っていた。

(;^ω^)「不気味だお」

黒々とした柳は女の髪のようで、
瞬きのうちに描かれているモノが変わってしまいそうですらある。

これで掛け軸の裏に破れた御札でもあれば、
ホラーゲームとしては完璧だろう。

(;^ω^)「……いやいやいやいや」

考え、否定を口にする。
どうして自ら恐怖に手を伸ばさなければならないのか。

716 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:42:20 ID:9/hgpxdo0 [20/35]
  
ツンやクーといった女性陣がいたとしても、
格好をつけて掛け軸をめくることはしなかっただろう。
男としての度量を見せつけたい気持ちはあれど、
妄想が現実となってしまった時、自分が冷静であれるとは思っていなかった。

(;^ω^)「よし。なかったことにしよう」

掛け軸の裏を見るなど思いつきもしなかった。
だから触れずにここを立ち去るのは当然のこと。
そう結論付けたブーンは自分に言い聞かせるようにして頷く。

首の動きと連動し、懐中電灯の明かりがちらちらと動き、
柳の根元と先端を照らしては消える。

がたり、と音を立て、絵が消えた。

(;^ω^)「――ヒッ」

触れてもいない。
風が入りこんでいるわけでもない。

だというのに、掛け軸はひとりでに落ち、
冷たい板の上に体を折り重ね、横たえる。

(;^ω^)「……何も、ない」

落ちた掛け軸からそっと目を上げ、
壁を見るが何もない。
御札も、呪詛も、何もかも。

717 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:43:03 ID:9/hgpxdo0 [21/35]
  
(;^ω^)「紐の部分が劣化してたのかお?」

ありえない話ではない。
何もかもが古びているこの家だ。
細い紐が劣化し、とうとう千切れてしまうのは理論として正しいだろう。

(;^ω^)「うん。きっとそう。
      そうに違いないお」

幽霊の正体見たり、枯れ尾花。
冷静になって考えれば心霊現象などただの偶然や見間違いに過ぎない。

ブーンは己を鼓舞するための言葉を口にしながら早足で部屋を去る。
一刻も早くこの家を全て回り、友人達のもとへ戻りたい。
近くのファミレスにでも行き、からかわれながらも今の恐怖を伝えてやりたい。

(;^ω^)「次!」

勢いに任せて終わらせてしまおう。
そう考えたブーンは素早く次の部屋へ行く。

家族団らんの場所であったであろう居間は台所と繋がっており、
母親が食事の支度をしている様子を子供と父親が並んで眺めている光景をすぐに連想させる。
部屋の中央に残されたちゃぶ台と、卓上カレンダーが何とも言えぬノスタルジックを演出していた。

( ^ω^)「ここは色々と残ってるおね」

見てきた二つの部屋と違い、ここには大型の家具が幾つも残されている。
食器棚、冷蔵庫、レンジ、ちゃぶ台、棚、テレビ。
全てがここにかつて人間が住み、生活していたことを訴えかけていた。

718 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:43:55 ID:9/hgpxdo0 [22/35]
  
( ^ω^)「中身は空かお」

ガラスがはめ込まれた食器棚の中には何も残っておらず、
寂しげに何かを入れてもらえるのを待っている。
棚も同じく筆記具の一つすら残っている様子はなく、
身を軽くして部屋に佇んでいた。

冷蔵庫を開ける勇気はなかったが、
普段ならば無意識に耳にしている稼動音がないというだけで、
ブーンの身の丈以上のそれが異物にしか思えなくなるのだから不思議なものだ。

(;^ω^)「……水?」

静かな世界の中、
いつからあったのか、小さな音が聞こえてくる。

聞き覚えのあるそれにブーンが目をやれば、
水道の蛇口から一滴、また一滴と十数秒に一度の感覚で水が垂れ落ちていた。

(;^ω^)「だ、誰かが閉めそこなったのかお?」

雑多な人間が足を踏み入れているような場所だ。
ブーンよりも前に来た人間が水を使い、
適当に蛇口を閉めてしまったということは十二分にありえた。

彼は震える手をハンドル部分に伸ばし、慎重に回す。
錆びが鈍い音を響かせながらもハンドルは動き、
垂れていた水が無事に止まった。

719 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:44:25 ID:9/hgpxdo0 [23/35]
  
(;^ω^)「もうミッション完了でよくない?
      ボク、めちゃくちゃ頑張ってるくない?」

そうは言うが外で待機している友人達が納得するとは思えない。
再チャレンジだドン! とばかりに蹴り飛ばされる可能性だってある。

結局のところ、ブーンには先へ進む以外の選択肢など用意されていないのだ。

(;^ω^)「写真立てとかが残ってなくて本当に良かったお」

心霊写真めいたものでなくとも、
家族団らんが収められた写真など残っていようものならば、
この家の惨状を思い、悲しみに胸が満たされかねない。

借金にせよ、心霊にせよ、
家具や電化製品を残して家を去った人間が、
今は幸福に生きている、などとは思えないのだから。

( ^ω^)「あと残ってる部屋といえば……」

客間等の部屋が残っている可能性も否定はできないが、
外から見た大きさを考えるにそういった部屋は残っていないだろう。

だとすれば、後に控えているのは、
生活するにあたり、必要不可欠な場所。

(;^ω^)「トイレと風呂場、かお」

720 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:44:49 ID:9/hgpxdo0 [24/35]
  
水場というのは霊が集まりやすい。
いつ、どこで知り得た情報かをブーンはもう覚えていないけれど、
一足す一が二であるように、半ば常識として彼はその情報を記憶していた。

となれば当然、風呂場もトイレも足を向けたくない場所となる。
特にトイレといえば学校の怪談でも必ず使用される心霊スポットだ。
出てこない、と太鼓判を押されたとしても易々と信用することはできない。

(;^ω^)「なーんでこの廊下こんなに長いんだお」

軋む床音と共に前へ前へと進む。
合間に部屋があった玄関からの道と違い、
右手に居間をすえた廊下はひたすらに直線があるばかり。

花瓶でも置いていたのであろう小さな棚があるだけで、
他には何の代わり映えもしない闇が延々と続いていく。

(;^ω^)「早く、早く突き当たりに」

遥か彼方まで存在していそうな廊下は、
何も物理的に長いわけではない。
勿論、霊的現象による存在の延長でもない。

単純にブーンの歩みが遅いというだけだ。

懐中電灯があるとはいえ一寸先は闇。
幽霊も怖ければ虫も怖い。
片足に重心を移動させるだけの動作に時間がかかってしまうのは必然ですらあった。

721 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:45:15 ID:9/hgpxdo0 [25/35]
  
たっぷり時間をかけてたどり着いた突き当たりには、
トイレと思わしき木製の扉がある。
勝手なイメージではあるが、
この家の古さから考えて水洗トイレではないだろう。

所謂ぼっとん便所と呼ばれるものは、
地の底から何かが這い出してきそうな恐ろしさと同時に、
すぐそこに排泄物が存在しているという、
現代人からすれば多少の嫌忌感が湧き出るものでもあった。

(;^ω^)「……ここは、いいかな」

放置されて幾年月が流れているのかはわからないが、
既に排泄物は全て自然へと還され、ハエも蛆もいないだろうけれど、
不確かな扉向こうに対する恐れは大きい。

(;^ω^)「でも、うーん」

扉を開けようとしては手を下げ、
トイレ前で必死に思案する。

場所が場所だ。
友人達はきっとトイレの様子をニヤニヤしながら聞いてくるに違いない。

適当な話をでっちあげてしまえればいいのだが、
元より嘘が上手い方ではないブーンだ。
幽霊や虫への恐怖と戦い、疲弊した精神状態で友人達を言いくるめられるはずがなかった。

722 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:45:49 ID:9/hgpxdo0 [26/35]
  
(;^ω^)「一瞬。パッと開けて、パッと閉める」

五回ほど同じ言葉を繰り返し、
とうとうブーンはトイレの扉を開ける。

密閉された空間で熱された空気はむわりと廊下に飛び出し、
彼の頬を撫でて消えていく。

(;^ω^)「……何も、ない」

和式の便所。
トイレットペーパーホルダー。

たったそれだけの空間だ。
蜘蛛の巣一つ存在していないというのが、不気味さを煽りたて、
この場の異常性をブーンの肌に刺し込んでいく。

虫も幽霊も居なかった安堵感と、
今の今まで現実世界と隔離されていたかのような空間の奇妙さに挟まれ、
彼は四肢から力を抜くことができないでいた。

(;^ω^)「…………」

生唾を呑み、おもむろに懐中電灯を上へと向けていく。
上にナニカがいるというのは、ゲームや映画での定石だ。

壁と天井の境目が照らされ、
木製の天井、トイレの真上。
ブーンの真上と光が移動していく。

723 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:46:12 ID:9/hgpxdo0 [27/35]
  
何もいない。
何もない。

(;^ω^)「そりゃ、そうだおね」

ここは現実の世界だ。
ゲームや映画のようなフィクション世界とは違う。

深く息を吐いたブーンは、
ようやく体からわずかに力を抜き、トイレの扉を閉める。
次はいよいよ風呂場だ。

曲がり角から見えている扉へ目をやる。
途端、背後からカタリ、と音がした。

(;^ω^)「――え?」

素早く振り返る。
音がするような物は何もなかったはずだ。
落ちるような物も。

人工的な光に照らされた部分以外、相変わらずの闇に覆われている廊下は、
先ほど聞こえた音は幻聴ですよ、とばかりに静まり返っている。

耳の奥が痛くなりそうな静寂の中、
ブーンの心音と呼吸音だけがノイズとなって鼓膜と骨を揺らす。

(;^ω^)「誰か、いるのかお?」

724 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:46:36 ID:9/hgpxdo0 [28/35]
  
怯えている自分を脅かしにきた友人だろうか。
一抹の期待を胸に声をかけるも、
返事はかすかな音ですら返ってこない。

(;^ω^)「ネズミ、とか」

人が住んでいる家であったとしてもネズミは入り込んでくる。
外敵が既に立ち去った後の、雨風をある程度しのげる場所。
動物達からしてみれば、これほど巣として利用価値の高い場もあるまい。

しばしの間、その場で息を潜め続けたブーンは、
何の音も姿もない時間に見切りをつける。
どの道、残された場所はたった一つだ。

素早く確認、素早く退却。
音の正体が幽霊であったとしても、
逃げ切ることができればブーンの勝ちだ。
幸い、彼は足の速さに自信があった。

(;^ω^)「行くお」

改めて風呂場側へ方向転換をし、
長い廊下をそっと歩いていた人物と同一であるとは思えぬ速度で廊下を行く。

足元から聞こえてくる限界を叫ぶような音を無視し、
彼は風呂場へ繋がる扉を開け放つ。

725 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:47:11 ID:9/hgpxdo0 [29/35]
  
砂と木の葉が入り込んだ汚い浴槽と、
シャワーヘッド、椅子、鏡。
小さな浴室にはそれらが在る。

(;^ω^)「きたねぇ……」

こんな場所で体を洗えば、逆に汚れてしまうだろう。
恐怖心を一瞬忘れ、素で呟いてしまうほどに浴場は汚い。

ゴミの入った浴槽を抜いたとしても、
曇った鏡とカビや苔の生えた床と壁。
部屋の隅へ光を当てれば名も知らぬキノコが生えている。

換気用の小さな窓は開け放たれており、
そこから胞子だの砂だの木の葉だのが入り込んでいるのだろう。

( ^ω-)「おっ」

シャンプーもリンスもない浴場を見渡していると、
不意に鏡に反射した光が目を射抜いた。
眩しさに懐中電灯をずらしたところで、
自分の姿が鏡に映っていることに気づいた。

鏡の役割と位置を考えれば、
至極真っ当な現象であるが、場所が場所だ。
思わず背筋が凍ったのも無理のないことだろう。

726 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:47:31 ID:9/hgpxdo0 [30/35]
  
鏡面の向こう側。
ブーンの背後には真っ暗な闇がある。

血に塗れた手が肩にかかっているわけでも、
醜く腐った顔があるわけでもない。
あるがままが映った鏡。

何も映っていないことを確認し、
改めて彼は現実の背後を見る。

やはり何もない。
脱衣所があるばかりで、
タオルも歯ブラシも残されてはいない。

(;^ω^)「……やっぱり幽霊なんて眉唾もんだお」

外から聞こえてくる風の音と虫の音以外の音はなく、
気配も姿もブーンには感知できなかった。

おぞましげな雰囲気は依然として残されているものの、
全ての部屋を見終えてしまった彼としては、
所詮はこんなものか、と小さな笑いがこみ上げてくる。

( ^ω^)「早く戻るお。
      遅くなるとみんなに怒られちゃうお」

浴室を出て、数歩。
軋む床音にあわせ、懐中電灯の光が点滅しだす。

727 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:48:31 ID:9/hgpxdo0 [31/35]
  
(;^ω^)「おっ? ま、待って、待って!」

こんな時に電池切れか。
ブーンは光があるうちにと廊下を駆ける。

力がこめられた足の動きに床は悲鳴をあげ、
時折、小さな断絶音を空気中に吐き出す。

床が抜けるのでは、という不安もあったが、
それ以上に暗闇が恐ろしい。

単純な構造をしているので、
壁を伝ってゆけば外へ出ることはできるだろうけれど、
幽霊屋敷でそれをしたいと思う人間はまずいないだろ。

駆け抜ける振動を受けたのか、
物が落ちる音が聞こえた。
水の音を聞いた気もした。
暗い隙間もあったかもしれない。

だが、それらは全てブーンの意識の外にある。

(;^ω^)「セ、セーフ!」

激しく点滅する懐中電灯を手に、
玄関から外へ転がり出る。

背の高い草がブーンの顔をペシペシと叩く。

728 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:49:00 ID:9/hgpxdo0 [32/35]
  
ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン?」

(;'A`)「おいおい、大丈夫か?」

激しい音と共に飛び出してきたブーンを目にし、
友人達は慌てて彼のもとへと駆け寄る。

罰ゲームと称してブーンを押し込んだのは彼らであるが、
大切な友人を傷つけたいわけではなかった。
室内に浮浪者や犯罪者でもいたのか。
あるいは本物の幽霊でも出たか。

前者であるのならばすぐさまこの場を離れなければならない。
後者であるのならば心配をかけさせて、と怒り半分笑い半分の言葉を叩きつける必要がある。

(;^ω^)「いてて……」

地面に伏していたブーンは友人達の声に体を起こす。

( ^ω^)「……あれ」

右手に持っていた懐中電灯は真っ白な光で地面を照らしていた。
電池切れの気配は微塵もない。

川 ゚ -゚)「おーい」

(´・ω・`)「怪我とかしてない?」

( ^ω^)「おっ。
      大丈夫だおー」

729 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:49:38 ID:9/hgpxdo0 [33/35]
   
倒れた衝撃で電池の位置が良い感じにずれたのだろうか。
都合の良い解釈をしつつ、
ブーンは友人達の方へと歩き出す。

ξ;゚⊿゚)ξ「――ぁ」

懐中電灯に照らされたツンの顔が青ざめる。

( ^ω^)「お?」

平気な顔をしている自分に腹を立て、演技でもしているのか。
彼らならばしかねないな、と思いつつ、
ブーンは他の三人へ視線をやる。

(´;・ω・`) 川  - ) ('A`ill)

三者三様。
しかし、誰もが表情を硬くしている。

(;^ω^)「どうしたんだお」

疑念が心配へと変わり、
徒歩から駆け足へと移行していく。

ξ;゚⊿゚)ξ「や、やだ。
       こないで!」

(;^ω^)「ツン?」

730 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/09/02(日) 22:50:33 ID:9/hgpxdo0 [34/35]
  
来るなと言われても、
既にブーンは駆け始めてしまっている。
止まることはできない。

彼らとの距離が縮まっていく。

青ざめるツンの顔。
極限まで見開かれた目。

( ^ω^)「――あ、れ?」

ブーンは彼女の瞳に映る己を見た。
距離にして二メートル以上も離れているにも拘わらず、
小さすぎる像が彼の脳に叩き込まれる。

長い髪を垂らし、耳元まで裂けた、真っ赤な口の女。
ブーンの肩に触れる、バラバラの方向へ折られた指。
彼女がまとう黒い靄。浮かぶ白い目、目、目。


それは、ツンの視界から見た光景だった。







      ・
( ^ω^)は零感のようです





( ^ω^)文戟のブーンのようです[3ページ目]

川 ゚ -゚)は地面を踏みしめるようです

142 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:17:40 ID:jBKxKnWU0 [2/31]
  




かつて、世界は平らだとされていたらしい。
時は流れ、事実は球体であると何処かの誰かが言った。

始めはバカにされ、罪とまでされていたその考えは、
万人に認められる真実となった。

そして今。
世界はまた、平らになっただけでは飽き足らず、
上と下を入れ替えて存在し続けている。






.

143 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:18:25 ID:jBKxKnWU0 [3/31]
  
私は上を見る。
緑と茶色、たくさんの青。
多少の変化を見せつつ存在するそれらは、
植物と地面と海、というらしい。
誰に聞いたのかはもう覚えていない。

時々、下から差し込む光を反射して青色がきらりと光る。
キレイだな、と思う。
いい風景だな、とも。

('、`*川「クーちゃんは見上げるのが好きねぇ」

力なく垂れ下がった羽を引きずりながら、
ペニサスさんが私の隣までやってくる。
ここは彼女の雲なのでおかしいことは何もない。

('、`*川「そんなに地面が好きかい?」

川 ゚ -゚)「好きというほどよく知らない」

汚れて灰色じみてきているペニサスさんの羽を一瞥し、
私は再度上へ視線を戻す。

はてさて。このお婆さんと知り合ってからどれだけの時間が経ったか。
一ヶ月近くにはなるはずだ。
別れの日が近づいているだろうことを残念に思う程度には親しくなった。

雲の流れによる別れだといいな。
彼女が落ちていくところは見たくない。

144 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:18:56 ID:jBKxKnWU0 [4/31]
  
('ワ`*川「そりゃそーだ! アタシが何十年って生きて、
     歴史を掻き集めたって上のことはよくわからんものさ」

川 ゚ -゚)「昔の人は歴史の伝え方を間違えたんだ。
     おかげで私達は苦労している」

ため息を一つ。
きっと、かつての人間は膨大な記録を残すために、
何を覚え、伝えていくのか、という担当を決めたのだろう。

正直、そんな手間をかけるくらいなら、
本だとかパソコンだとか粘土板だとか、
何かモノを残して欲しかったという気持ちでいっぱいだ。

口伝えのみで受け継がれていく記録にどれだけの信憑性があるというのか。
もはや、話の何割が正しいのかさえ私達には知る術がない。
聞いてきたモノ全てが嘘だったと明かされたのならば、
私は顔を歪めながらも納得してしまうことだろう。

('、`*川「いいじゃないか。
     どうせこんな空の中。やることは何もない。
     ご先祖様達はそれを見越して、宝探しを作ってくれたのかもしれないよ?」

真っ白な雲と青い空間。
時々、灰色が浮かんだり、赤や紫、濃紺に染まったりもするけれど、
ここには退屈を消し去ってくれるようなモノは何もない。

毎日毎日、似たような景色があるだけ。

145 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:19:33 ID:jBKxKnWU0 [5/31]
  
川 ゚ -゚)「楽しいゲームとやらがしてみたかった」

('、`*川「あぁ、誰かに聞いたことがあるよ。
     こんな小さな機械があって、色々なゲームができるんだって」

川 ゚ -゚)「何それ。機械でやるゲームは初めて聞いた」

私達は大抵、親からたった一つの歴史を受け継ぎ、
それを胸に抱いて広い広い大空へ流れて行く。

先祖代々に伝わる情報を誰かに手渡し、
代わりに別の話を取り入れる。
いつか誰かが大空に伝わる全ての過去を得た時、
ここは変わったりするのだろうか。

いいや、変わらない。
わかっているさ。

家系が途絶えた人もいる。
伝えることを断念された歴史もある。

与えられる情報が断片的で理解し難いことが多いため、
細かなところまで子に伝える過去というのは一つに絞られがちだ。
兄弟でもいなければ片方の家系が受け継いできていた過去は永遠に消えてしまう。

今ある全てを掻き集めたとして、
完全な過去など手に入らないのだ。
穴ぼこだらけの情報なんて、無意味な希望をちらつかせるだけの厄介者だ。

それに縋らずにはいられないこの世界が、
自分がちょっとだけ憎たらしい。

146 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:20:19 ID:jBKxKnWU0 [6/31]
  
('、`*川「アタシもよくわからないんだけどね。
     機械に入れる、ソフト? ってのでできるゲームが違うんだと」

川 ゚ -゚)「手軽に持ち運べ、種類も豊富なんて羨ましいな」

('、`*川「昔の人はすごいねぇ」

聞いた話によると、
私達の祖先は、はるか頭上にある地面、という場所にいたらしい。
素晴らしく発達した文明を築いていたが、
何やかんやと事が起こり、今は空の中にいる、と。

適当にぼかしているわけではない。
単純に、私が聞いたことのない情報、というだけだ。

川 ゚ -゚)「ちょっとくらい、その時代のモノが残っていれば良かったのに」

そうすれば、私だって日がな一日上を見続けなくても済んだ。
服や髪飾りなんてものでお洒落を楽しむこともできた。
退屈に殺されるのではないかと思わずにいられたはずだ。

('、`*川「そうねぇ」

ペニサスさんは私の隣に腰を下ろし、一緒になって上を見る。
長く長く伸びた彼女の髪がさらりと雲の側面を流れた。

いつか私の髪も同じくらい長くなるのだと思うと辟易とする。
せめて切るための道具さえあれば、
もっと楽な長さにしてしまえるというのに。

147 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:21:24 ID:jBKxKnWU0 [7/31]
  
('、`*川「そういえば、昔はこの雲も水蒸気の塊だから触れないって言われてたらしいねぇ」

川 ゚ -゚)「間違っていたのか、変化が起きてこうなったのか。
     答えを知ってる人はいるんだろうか」

白い雲は私達の家であり食料だ。
羽を休め、睡眠をとり、栄養分となって腹に入るこれは、
食べすぎや雨への変化によって容易く姿を失ってしまう。

羽が動く者は空いた雲へ引越しを行うが、
ペニサスさんのような人は雲の終わりが人生の終わりだ。
ぷちり、と雲をちぎって口に含む彼女を見ていると、
死に対する恐怖はないのか、と問いかけたくなってしまう。

('、`*川「探せばどこかにいるかもしれないね。
     何てたって空は広いから」

川 ゚ -゚)「限りがないな……」

手入れをする暇があるなら地を見上げているせいで、
私の羽は小汚いしボロボロだ。
せっかく大きめの良い羽なのに、と昔、同い年くらいの子に言われた記憶がある。
彼女は今も元気に空を飛んでいるのだろうか。

('、`*川「あっさり全てがわかってしまったら、
     それこそ退屈で死んでしまうよ」

川 ゚ -゚)「一理ある」

148 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:22:04 ID:jBKxKnWU0 [8/31]
  
いっそ、この羽を広げ、
雲から雲へ移る流浪の民とでもなればいいのだろうか。

最期は力尽きて光のある方へとたった一人で落ちていく。
それもいいのかもしれない。

私は無気力だ。
過去を知りたい気持ちはあるけれど、
いつだって受身で待つばかり。

好奇心に身を任せ、
先へ先へと突き進んで行けるほど、
この空は希望に満ちていないし、夢もない。

('、`*川「……クーちゃん」

川 ゚ -゚)「ん?」

('、`*川「アタシはもうすぐ死んでしまうから」

川 ゚ -゚)「ん」

('、`*川「あなたに餞別をあげようね」

そう言ってペニサスさんが取り出したのは真四角のもの。
たぶん、箱と呼ばれるものだ。
残念ながら私の知識では材質まではわからない。

川 ゚ -゚)「これは……?」

149 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:22:30 ID:jBKxKnWU0 [9/31]
  
差し出され、触れてみると硬い。
薄茶色で、撫でると少しざらざらしている。

('、`*川「大事なのはこの中身さ」

ペニサスさんが箱の上に軽く触れ、持ち上げた。
どうやら中は空洞になっているらしく、何かを入れておけるようになっているらしい。

川 ゚ -゚)「やっぱりわからない」

('ワ`*川「そうだろうねぇ」

箱の中身が大事と言われても、
私にはさっぱり意味がわからなかった。

硬質な箱の中には、赤いものが二つ並んでいる。
どちらも同じ形をしているので揃いで使うものなのだろう。

上部に穴が開いているやや細長いもの。
入れ物にしては小さいし、
かといって他の用途なんて思いつかない。

('ワ`*川「これはね、クツ、っていうんだ」

川 ゚ -゚)「くつ?」

150 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:23:04 ID:jBKxKnWU0 [10/31]
  
('、`*川「私の家に伝わるものさ。
     こんな遺物まで残してくれて、
     ありがたいやら、もっといいものを置いてほしかったやら」

軽く眉を寄せ、苦く笑うペニサスさんは、
二つある赤のうち、片方を取り出す。

('、`*川「こうして、足を守るためのものだったらしいよ」

年をとった足に赤が彩りを持たせる。

川 ゚ -゚)「これで?」

('ワ`*川「どうやら私達の足は小さく小さくなってしまったみたいでね。
     本当はもっとしっかりはまるらしい」

雲の上で足をぷらぷらさせれば、
動きに合わせてクツが揺れる。
彼女の足よりもずっと大きいそれは、、
今にも宙を飛び、光の中へと吸い込まれていってしまいそうだ。

('、`*川「昔はクツを履いて地面を歩いたらしいよ。
     誰かに聞いたんだけど、服ってのと合わせて、
     全身を着飾ったんだとさ」

川 ゚ -゚)「服は聞いたことがあるぞ」

多種多様な布とやらで作られた、体を守るためのもの。
空の上には存在しないものの一つだ。

151 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:23:36 ID:jBKxKnWU0 [11/31]
  
('、`*川「クツにも種類があって、これはピンヒール、というらしいの」

指が四本は入りそうな隙間を作っていたクツを脱ぎ、
そっと箱の中へと戻す。

('、`*川「女の人が履くもので、歩きづらいけれど、
     人を美しく見せるのに適していたとか」

川 ゚ -゚)「確かに、これはキレイだな」

歩く、という行為を知らない私達だけど、
このピンヒールとやらが美しいことだけはわかる。

光を受けて輝く表面。
すらりとした細い棒。
逆側は細く三角を描いている。

('、`*川「……クーちゃんにあげる」

川;゚ -゚)「えっ」

ペニサスさんの言葉に、思わず低い声が出てしまう。

あげる、贈与、プレゼント。
どれにしたって、私に相応しいとは思えない。

先祖から伝わる過去の遺物なんて、
私には荷が重過ぎる。

152 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:24:23 ID:jBKxKnWU0 [12/31]
  
('、`*川「アタシはずっと一人だった。
     たまに会う男の人とも上手くいかなくて、子供もいない」

空は広いようで狭い。
行く場所も出会う人も、全て空に支配されている。

出会った後の選択肢のみが自由であるこの世界で、
彼女は番を作ることができなかった、あるいは拒絶し続けてきた。

どちらを選び続けてきたのかを聞くほど、私はデリカシーがないわけではない。
一つの歴史が静かに息を引き取ることを責めるつもりもない。
私だって今のところ誰かと番いたいなどとは思っていないのだ。

何故、などとは聞いてくれるな。
無味なこの空を厭い、上ばかりを見ている私なのだから。

('、`*川「どうせ終わるなら、
     仲良くなった子に貰ってほしいの」

真っ赤なピンヒール。
かつて、私達が地面に在って、
足を使って歩いていた証。

川 ゚ -゚)「私はずっと考えていた」

茶色の地面を見上げる。

153 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:25:11 ID:jBKxKnWU0 [13/31]
  
川 ゚ -゚)「羽があれば何処へだって行けるのに、
     どうしてこんなものがぶらさがってるんだろう、って」

重みのない細い足を軽く動かす。
とっとと退化してなくなってしまえばいいとずっと思っていた。

川 ゚ -゚)「でも、これにもちゃんと意味があって」

恋焦がれる過去と今は繋がっている。
私が要らぬと思っていたものが、
大切な糸であったことをペニサスさんは教えてくれた。

川 ゚ -゚)「私はそれがとても嬉しかった。
     できることなら、次に伝えたいとも思う」

クツの入った箱を抱きしめる。
角が肌に食い込み、少し痛い。

川 ゚ -゚)「いただいてもよろしいですか?」

('ワ`*川「もちろん。
     クーちゃんならそう言ってくれると思ってた」

しわくちゃの笑顔はとても可愛らしくて、
いつかの未来、私の顔もそうであれと願う。

この箱と話、私の知っている知識。
それとペニサスさん譲りの笑顔を誰かに伝えてみたい。

154 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:25:59 ID:jBKxKnWU0 [14/31]
  
翌朝。
私が目を覚まし、周囲を見渡すと、
そこにペニサスさんはいなかった。

見知らぬ人。
何度か顔を見たことのある人。
幾つかある雲にはそれぞれ誰かがいるけれど、
その何処にも彼女はいない。

小さくなりつつあった雲が消えたのか。
風に流されていったのか。

川 ゚ -゚)「……さようなら」

もう、二度と会うことはない。

私はクツの入った箱を抱きしめる。
身軽な周囲の人々とは違い、
荷物を抱えてしまった私だが、後悔はない。
むしろ自慢したいくらいだ。

宝物を胸に私は地面を見上げ、
クツを華麗に履きこなし、地面を歩く姿を夢想する。
音は、感覚は、見える風景は。

何一つ、確かなものはなく、
全てが想像の域を出ないけれど、とても楽しい時間だった。

155 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:26:30 ID:jBKxKnWU0 [15/31]
  
一日、また一日。
無為な時間が過ぎていく。

風が吹き、雲が流れ、
地面の色が変わっていくのを見守る。

時間が経つにつれ、
私の中からペニサスさんが薄れていく。
悲しみを覚え、何度も何度も彼女の笑顔と声を脳裏に浮かべた。

それでも、全てを押しつぶさんとする空虚の猛攻に耐えることはできない。
貰ったもの達が無駄になってしまう。
私はそれがとても恐ろしかった。

川 ゚ -゚)「何か、変えないと」

自由のないこの空で。
少しでもいい。
変えることができたのなら、
空虚に飲まれて無に変えるなどという愚を冒さずに済むに違いない。

私は羽を広げ、
力強く動かす。

ふわりと浮かぶ体。
下に見える光と上に見える地面。

156 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:26:55 ID:jBKxKnWU0 [16/31]
  
川 ゚ -゚)「少しでいい。
     今よりも、近づければ」

飽きもせず眺め続けていたというのに、
私は地面に近づこうとはしなかった。

遠く遠くに見えるそれのもとへたどり着けるとは思っていなかったし、
無駄に労力を使うことをしたいとも思えなかった。

けれど、今。
私は地面へと向かう。

川;゚ -゚)「この、退屈で、つまらなくて、無意味な空から、
     少しでも離れたい。私は、地面を知りたい」

手にはペニサスさんから貰った箱。
真っ赤なピンヒールが似合う、あの場所を目指すのだ。
これを置いては行けない。

川;゚ -゚)「あぁ、頼む。私を、どうか、そちらへ……!」

お笑いだ。私は、ペニサスさんを思って上を目指したわけじゃない。
高く高く飛び上がり、気づいてしまった。

ペニサスさんもピンヒールもただのきっかけだ。
私は、私は。

川;゚ -゚)「嫌なんだ! こんな空は、もう!」

羽が動く。
世界が、回る。

川 ゚ -゚)「――え?」

157 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:27:23 ID:jBKxKnWU0 [17/31]
  
引き上げられる。
上がって、上がって、どこまでも。
こんな速度、羽を全力で動かしたって出やしない。

体が重い。
羽が動かない。
風が痛い。

上がる。上がる。上がる。
違う。

落ちる。落ちてる。
私は、今、落ちてるんだ。

空は上。
地面は下。
光は遥か彼方、上の上。

天と地がひっくり返る。
私は落ちる。
何処までも。
いいや、地面まで。

落ちたらどうなるんだろう。
光に落ちれば死ぬと聞く。
地面は?
死ぬのか?

手から箱がこぼれ落ちる。
落ちる。私も、落ちる。

158 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:28:17 ID:jBKxKnWU0 [18/31]
  _
( ゚∀゚)「天使一人ぃ!」

男の低い声。
誰だ。

落ちてる私の耳にどうして彼の声が聞こえる?
もう空よりも地面の方が近いのに。

川  - )「うっ」

空気が肌を撫でてゆく感覚が消え、
代わりに重い痛みが体を走る。

痛い。
と、いうことは。

川 ゚ - )「――生きてる?」

死ねば全て消える。
体も羽も重くて碌に動かせやしないけれど、
着地の衝撃で鈍い痛みを感じているけれど、
私は生きている。

力なく倒れたまま、深く息を吸い込み生を実感する。
見上げた空は薄く青い。
あそこに、私はいたのか。

ずいぶん遠くまで来てしまった。

159 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:28:44 ID:jBKxKnWU0 [19/31]
  _
( ゚∀゚)「よう、天使さん」

川 ゚ -゚)「……天使?」

緩慢に体を転がし、
私を見ている男へと目を向ける。

大部分が肌色である私と違い、
彼はオレンジ色と赤という奇妙な配色だ。
もっとも、それらの色は皮膚とは別のもののようで、
病気であることを疑う必要はなさそうだけれど。
  _
( ゚∀゚)「何年か何百年か。
    頻度は全く決まってないけど、
    あんたみたいに空から降ってくる人間がいるんだ」

男は私から目をそらし、
肩をすくめて見せた。
  _
( ゚∀゚)「オレ達は空からきた人を天使、と呼んでる」

川 ゚ -゚)「なあ」
  _
( ゚∀゚)「運が良かったぜ。
     天使用に設置してるネットに上手く引っかかったんだからな。
     下手すりゃ地面とぶつかってトマトになってたところだ」

川 ゚ -゚)「どうして私を見ないんだ?」

160 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:29:38 ID:jBKxKnWU0 [20/31]
  
トマト、という言葉はよくわからなかったけれど、
私は単語の意味を問うよりも先に現状に対する疑問を口にする。

人の目を見て話しなさい、と言うつもりはないが、
そうあからさまに視線を反らされるのは愉快ではない。
  _
( ゚∀゚)「……あのな」

川 ゚ -゚)「ん?」

相変わらず男はそっぽを向いたまま口を開く。
  _
( ゚∀゚)「目に毒なんだわ」

川 ゚ -゚)「毒? 何がだ」

少なくとも、私は自身に毒性が付与されているとは思っていない。
空と地面では違いもあるだろうけれど、
見ただけで死ぬような毒なんて流石に持っていない、はず、だ。
  _
( ゚∀゚)「とりあえずこれ着……あー、
    上半身起こして、手を上げてくれるか?」

川 ゚ -゚)「うぅ……、ちょ、っと、待て、よ」

行動よりも先に何故、と問いたいが、私はぐっと我慢する。
ここで問答をしたところで、きっと私が欲するものは返ってこない。

素直に従うことで話が早く進むのならばそれに越したことはないだろう。

161 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:30:15 ID:jBKxKnWU0 [21/31]
  
川 ゚ -゚)「ほれ」

どうにも体が重い。
上半身を持ち上げるだけでも一苦労だ。

地面とはこんな窮屈なのか。
男はずっとここで暮らしているのか?

おや、よく見れば羽がない。
彼は飛ぶこともできないのか。
だとすると移動は、あぁ、そうか。
足か。そう。彼には足があって、歩くことができる。
  _
( ゚∀゚)「羽がちょっと邪魔だなぁ。
     んー、背中のとこちょっと破くか」

男は上半身のオレンジ色と赤色を取り去り、
私よりも少し浅黒い肌を露出させた。
抜け殻をわずかに眺めた後、彼は背面に当たる部分を破く。
  _
( ゚∀゚)「じゃあはい、どーん」

川 ゚ -゚)「うお」

棒読みの効果音と共に彼は鮮やかな色で私を包み込む。
暖かい。
雲よりも硬く、ざらざらしているけれど、
この鮮やかな色は柔らかに私を守ってくれている。

162 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:30:53 ID:jBKxKnWU0 [22/31]
  _
( ゚∀゚)「それ、服って言うんだ」

川 ゚ -゚)「服……。
     知ってるぞ!」

肌に触れているものを手に取る。
そうか。これが、布で、服なのか。
男の服は大きく、私の太ももまでをすっぽりと覆い隠してしまえる。
  _
( ゚∀゚)「そっちにはない感覚だってのは話に聞いてるんだが、
     こっちでは裸ってのは他人にそう見せたりしないもんなんだ」

川 ゚ -゚)「ほう」
  _
( ゚∀゚)「あんたはオレに体を見られても恥ずかしくないのかもしれないけど、
    オレの方が変な気分になっちまう。
    わかってくれるか?」

正直、私には理解できない。
生まれてからこの方、服なんて見たこともない人生だった。
誰もが裸だったし、それが当然だと思っていた。

この体を見られることが恥ずかしいなんて、
説明されたってちっともわからない。
服というものに不快感はないが、多少の窮屈さは感じる。

けれども、私がそう答えれば男は困ってしまうのだろう。

163 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:31:17 ID:jBKxKnWU0 [23/31]
  
川 ゚ -゚)「……わからないが、わかった」
  _
( ゚∀゚)「心遣い感謝するよ」

男は小さく笑う。
私が納得しているわけではないことを彼は否定しない。

川 ゚ -゚)「聞いてもいいか?」
  _
( ゚∀゚)「いいぜ。でも、あんたをそこから降ろしながらでも?」

川 ゚ -゚)「勿論」

信じられない重量感を持った手を男へ伸ばせば、
彼は私の脇に手を差し込み、抱きしめるようにして体を持ち上げる。

力強い腕は、私自身が感じているだけの重みなど一枚の羽程度でしかない、とでも言いたげだった。
空の上で出会った男達の中にも力自慢はいたが、
きっとこの男と並べれば比較にならぬ貧弱さに違いない。

川 ゚ -゚)「地面にも人間がいるのか?」
  _
( ゚∀゚)「いるぜ。そりゃもうたくさん」

何処へ向かうのだろうか。
男は私を抱きかかえたまま、迷うことなく足を進めている。

川 ゚ -゚)「本はあるのか? ゲームは? 車は?」
  _
( ゚∀゚)「お、色々知ってるな。
    残念ながらあるのは本だけだ。他二つはまだ未完成」

164 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:31:53 ID:jBKxKnWU0 [24/31]
  
羨ましい。
素直に思う。

私達が不安定な口伝えでのみ過去を繋げているのに対し、
ここにいる人間達は変わらぬ物を通すことができる。
どこかで情報が歪んでしまう可能性があるにしても、
それは口伝えよりもずっと低確率であるはずだ。

川 ゚ -゚)「本、読んでみたい」
  _
( ゚∀゚)「まずは字を覚えるところからだな」

ゆらゆら、ゆらり。
男に抱えられて見る世界はとても色鮮やかで、
空とは全く違っていた。

茶色、青、赤、黄、緑、白、黒。
たぶん、あれが壁で屋根。
土と植物と花。
  _
( ゚∀゚)「世界がいつ変わっちまったかはオレらもまだわかってない。
     残された遺物を探し出して、研究して、
     やっとここまできた」

最も栄えていたという時代には程遠く、
けれども人間は地面に足をつけて生きている。

165 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:32:25 ID:jBKxKnWU0 [25/31]
  _
( ゚∀゚)「きっと、いつかは空も飛べる」

川 ゚ -゚)「空くらい飛べるだろ」

伊達に二十何年の時を空で過ごしていたわけではない。
願わずとも空はいつだってそこにあった。
飛ぶという行為は生きることと同じくらい、
私にとって当たり前のことなのだ。

だが、ここでは違っている。
男は私の言葉に呆れたような笑いを交えた声を返してきた。
  _
( ゚∀゚)「そりゃあんただから言えることさ。
     だがな、よーく考えてみろ。
     今のあんたは腕一つまともに動かせない。
     空とここじゃ重力ってやつが違ってるせいだ」

川 ゚ -゚)「じゅーりょく」
  _
( ゚∀゚)「オレも詳しくは知らないんだが、
     地面に向かう力のことらしい」

何だそれは。
話にも聞いたことがない。

地面に向かう力。
あぁ、だから私は「落ちた」のか。

166 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:33:04 ID:jBKxKnWU0 [26/31]
  _
( ゚∀゚)「空とは違う力のかかり方をするから、
    こっちにきた天使はまず体を動かす練習からしなきゃならんのだと」

男は私の足を軽く叩く。
痛くはないが何となく愉快ではなかったのでどうにか足を振り、
彼の手を追い払うような仕草をしてみせる。
  _
( ゚∀゚)「弱っちくてほっそい足。
    歩くどころか立つことだっててきないだろ」

言われて私は下を見た。
地面を蹴り、前へ進む男の足は、
私のものの倍をゆうに超える太さを持っている。

なるほど。地面ではこれだけの足が必要だというのならば、
ペニサスさんに見せてもらったクツのサイズにも納得がいく。

川 ゚ -゚)「……立てるようになるか?」
  _
( ゚∀゚)「ゆっくり訓練すればな」

立つ。
歩く。
私が、地面に。

川 ゚ -゚)「私は、ここのことを何も知らない」

自分達とは違う人間がいることさえ。
きっと、ここに残されてる知識や技術だって、
初めてのことだらけのはずだ。

167 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:33:28 ID:jBKxKnWU0 [27/31]
  
川 ゚ -゚)「迷惑もいっぱいかけると思う」

男の肩を強く握る。
怖い。

何もわからないような場所で一人になりたくない。
動くことすらできない私は、
この男に見捨てられれば死を待つことしかできないのだ。

川 ゚ -゚)「でも、頑張るから。
     何をすればいいのか、まだわからないけど、
     頑張るから、私に付き合ってほしい」

私の脳裏に赤いピンヒールが浮かぶ。
落ちている最中に手放してしまったアレは、
何処へ行ってしまったのだろうか。

ペニサスさんからもらった大事なものなのに。
  _
( ゚∀゚)「いいぜ」

男が返事をする。

川 ゚ -゚)「いいのか」
  _
( ゚∀゚)「あんたが願ったんだろ。
    そんな意外そうな顔するなよ」

168 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:34:03 ID:jBKxKnWU0 [28/31]
  
嬉しいか否かと聞かれれば、とても嬉しい答えだ。
地面事情はよくわからないけれど、
何も知らない、できない人間を一人、面倒を見るのは楽ではないはず。

にも拘わらず、男は快諾してくれた。
少しの、疑念は、ある。
  _
( ゚∀゚)「もしかすると、オレ達が見つけれてない過去を天使は知ってるかもしれない。
    だから、オレ達は天使を歓迎する。
    放っておいたら死んじまうってのも目覚めが悪い」

男は足を止め、空を見上げる。
私がいた、青いそこは彼の目にどう映っているのだろうか。
  _
( ゚∀゚)「空を飛ぶ機械が完成したら、
    天使を空に帰してやるか、
    逆にこっちへ誘ってやるかするのがオレの夢なんだ」

その前に考えなきゃいけないことも多いけどな、と男は笑う。

よくはわからないが、
地面側があまり無茶をして環境を悪くしてしまうと、
空の上で食料になっている雲にも影響が出てしまうらしい。

今までの研究と天使からの情報でそういったことが判明している以上、
性急な実験や発掘、解読といった作業は推奨されていないそうだ。
見たこともない場所や人のことを思えるなんて、良い人達だ。

169 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:34:31 ID:jBKxKnWU0 [29/31]
  
川 ゚ -゚)「……私、ここに来る前に落し物をしたんだ」
  _
( ゚∀゚)「落し物ぉ?」

川 ゚ -゚)「真っ赤な、ピンヒール」
  _
( ゚∀゚)「ヒールって、あんたらは歩かないだろ?」

川 ゚ -゚)「空の知り合いが持ってて、譲ってもらったんだ」
  _
( ゚∀゚)「ほーん」

男はくるりと振り返り、海を見る。
必然、陸を見ることになった私は向こう側に広がる世界に胸を締め付けられた。

自分の足であそこを歩きたい。
地面を踏み、進み、何処までも。
  _
( ゚∀゚)「一応、知り合いに声はかけておいてやるよ」

川 ゚ -゚)「ありがとう」
  _
( ゚∀゚)「もし見つからなかったら、
    悪いけど代わりのもんで我慢してくれよな」

致しかたのないことだ。
海は、広い。
空も飛べない人間が小さな箱を探し出すのは難しいだろう。

170 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/08/13(月) 19:35:47 ID:jBKxKnWU0 [30/31]
   
川 - -)「あぁ……」

さようならの餞別を失ってしまって申し訳ない。
ペニサスさんに心の中で謝罪を送る。

代わりにはならないかもしれないが、
私はここで、空にいたままでは得られなかったモノを得ようと思う。

背中を押してくれたのはあなたと、あのピンヒールでした。
一生涯私は忘れません。
空虚がないこの場所なら、押しつぶされることなく私の心に残り続けるはずだ。
  _
( ゚∀゚)「あんたのサイズにちゃーんと合わせたスニーカーを歩行記念に。
    この町を自由に歩けるようになったらパンプスを。
    駆けまわれるだけの力と女性としての気品が身についたらピンヒールを送ろう」

それは、それはなんて。

川*゚ -゚)「素敵だな」

想像しただけで私の胸が高鳴って止まない。
天高く、あの光に落ちたか、広い広い空を行き続けるペニサスさん。
どうか見ていてください。

あなたのくれたあのピンヒール。
きっとあの輝きには劣るけれど、
私に合わせた靴を履き、私は地面を行きます。

今、私は生きています。






川 ゚ -゚)は地面を踏みしめるようです






( ^ω^)文戟のブーンのようです[2ページ目]

ζ(゚ー゚*ζ人魚がいた岬のようです( ^ω^)

84 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:52:25 ID:5q5FrGOY0 [2/41]
 
とある町の端。漁師さえも近づくことのない岬にある小さな一軒家。
白いペンキで塗装されたそれは、完成当時はさぞ綺麗だっただろう。

碌に手入れもされず放置されていたらしい家は、
潮風によって劣化し、素材の色を剥き出しにしている部分が見受けられた。
さらに空気中の汚れが付着し、黒ずんでいる部分も多く、
見る者の表情を歪ませる外観を生み出している。

( ^ω^)「――毎日、毎日こんなところにきて、
      どういうつもりかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「駄目?」

( ^ω^)「……いや、好きにするといいお」

一部の床板が剥がれ、手すりも半分以上が役割を放棄しているテラスに男が一人。
青い海がよく見えるそこにいつも彼はいた。

対峙する女は金糸の髪を揺らめかせ、
生命の息吹を感じさせる碧い瞳を男に向けている。

ζ(゚ー゚*ζ「今日は何を見てるの?」

( ^ω^)「いつもと同じだお」

波を瞳に映す男はそっけなく答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「たまには楽しいことでもしたら?」


87 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:53:16 ID:5q5FrGOY0 [3/41]
  
女が首を傾げれば、絹のように細く美しい髪がさらりと流れる。
金色が彼女の首もとにある黒を隠すのを横目に、
男はまた温度を持たぬ言葉を紡ぐ。

( ^ω^)「ボクにそんな資格はないお」

ζ(゚ぺ*ζ「楽しいことをするのに誰かの許可がいるの?」

真っ白な肌。金の髪。碧い瞳。
淡い印象を抱かせる彼女の風貌の中で、
唯一つ、首に巻かれた真っ黒なチョーカーだけが異物感を主張していた。

( ^ω^)「少なくともボクの許可が」

ζ(゚ぺ*ζ「そんなの変。
       自分が楽しいことをするのを否定するなんて」

( ^ω^)「そうするだけの罪がボクにはあるんだお」

ζ(゚ぺ*ζ「私にはわからないなぁ」

ぴちゃり、と海が音を立てる。

ζ(゚ー゚*ζ「私は泳ぐのが好きよ。空を見上げるのも。
       だから、私はいつだって自分がそうすることを肯定してる」

( ^ω^)「キミはそれでいいんだお」

88 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:55:00 ID:5q5FrGOY0 [4/41]
 
表情をピクリとも動かさぬ男に女は深いため息をついた。

彼がここにきて数週間。
突如として田舎町に現れた男は、
所有者ですら存在を忘れそうになっていたボロ屋を一括で購入した。

あからさまな怪しさに町の者達は追求の言葉を失い、
男はそれを良いことに一度として町に行かず、女と以外接触しない日々を過ごしている。
必要分を用意していた食料はまだ数週間はもつ計算だ。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたのことが知りたい。
       って言ったら、困らせる?」

短くない付き合いの二人だが、
彼女は男のことを殆ど知らぬも同然だった。
ここに来た理由も、無気力に在る理由も。

( ^ω^)「知っても得はないお」

ζ(゚ー゚*ζ「それはあなたが決めることじゃないと思う」

( ^ω^)「……話すようなことはないお」

ζ(゚ー゚*ζ「ね、せめて好きだったものくらい教えてよ」

波が寄せては去る。
心地よく鼓膜を揺らす音が二人の間を優しく繋いだ。

( ^ω^)「知ること」

89 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:55:31 ID:5q5FrGOY0 [5/41]
  
( ^ω^)「色々なことを知っていくことが、好きだったお」

女の視線に負けたのか、
優しい海の音色に背を押されたのか。
小さく零された男の言葉は、薄く感情を乗せていた。

ζ(゚ー゚*ζ「そっか」

女は微笑む。

ζ(゚ー゚*ζ「私達、結構長い付き合いだけど初めて知ったよ」

海と同じ色をした瞳が男を柔く包み込む。
もっと知りたい、と彼女は続けた。

ζ(゚ー゚*ζ「まだ、時間はあるんでしょ?」

( ^ω^)「無意味なことに使う必要はないお。
      キミは、もっと、もっと自由に、生きるべきなんだお」

ζ(゚ー゚*ζ「あら失礼ね。私が誰かに強制されて聞いてると思うの?
       興味があることを聞くくらいの自由はあるのよ」

悪戯気な笑みは、不都合なことが何か一つでもあるのか、と問うている。
無論、男は反論するための言葉を持たず、
静かな沈黙のみを返すこととなった。

ζ(^ー^*ζ「じゃあ決まりね」

90 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:55:54 ID:5q5FrGOY0 [6/41]
 
女が手を叩く音と、
岬に波がぶつかる音が交じり合う。
静かで短い演奏会にも男は興味を示す様子はなく、
相も変わらず一点を見つめるだけだ。

ζ(゚ー゚*ζ「好きな食べ物は?
       白い塊みたいなのを食べてるとこしか見たことないけど」

( ^ω^)「今となっては何でも別にいいお。
      いつも食べてるのは固形栄養食」

ζ(゚ー゚*ζ「美味しい?」

( ^ω^)「栄養が取れればそれでいいお」

ζ(゚ー゚;ζ「ご飯は楽しむものよ」

( ^ω^)「昔は、そうだったような気もするお」

ζ(゚ー゚*ζ「だったら」

( ^ω^)「昔の話だお」

ζ(゚-゚*ζ「……」

視線の一つさえ動かさぬ男に、
女は顔を俯ける。

91 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:56:44 ID:5q5FrGOY0 [7/41]
  
以前の彼を知らぬわけではない。
大勢の中の一人として男を見ていたあの頃、
彼の顔には感情というものが浮かんでいた。

友人と笑いあい、
手にした書類を目に考え込み、
自分を前にして複雑そうな表情をしていたことを、女は覚えている。

ζ(゚-゚*ζ「あのね」

( ^ω^)「キミのせいじゃないお」

女の言葉を強制的に切り捨て、男は言い放つ。

( ^ω^)「……これは、ボクの罪なんだお」

ζ(゚-゚*ζ「譲れないのね」

昔の男を好いていたわけではない。
むしろ、ずっと嫌いだった。憎んですらいた。

簡単に許せる過去ではなく、
この場所へやってきた当初、彼女は恨みこそ薄れつつあったが、
強い警戒心と疑心を抱き続けていた。

監視をするようにして毎日このボロ屋を訪れ、
人間らしい生活を捨て去っている姿を見続け、
ようやく、言葉を投げかけようと思えるようになった。

92 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:57:22 ID:5q5FrGOY0 [8/41]
  
ζ(゚-゚*ζ「わかった」

顔を上げた女の髪が、太陽の光を反射してきらきらと輝く海のようにきらめいた。
男が無類の金持ちであったならば、
彼女の髪に高い札束の山を作ったことだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「無理強いはしない。
       いつか、わかってもらえたらとは思うけど」

( ^ω^)「キミは優しすぎるんだお」

ζ(゚ー゚*ζ「そんなことない。
       足るだけのことをあなたは私にしてくれただけ」

全ての感情を切り落とし、淡々と生を続けているだけの男を見て、
何も思わぬままに日々を過ごせる程、女は冷たい生物ではなかった。

出会って数年。
この町にやってきて数週間。
男のことを殆ど何も知らずとも、情くらいはわいてしまうものだ。

ζ(゚ー゚*ζ「だから私は諦めない。
       さようならをするまでに、あなたを人間に戻してあげる」

( ^ω^)「ボクは元々人間だお」

ζ(゚ー゚*ζ「生物学的な話をしてるんじゃないの」

93 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:58:18 ID:5q5FrGOY0 [9/41]
  
生きた屍と表しても過言ではない男を一人置いて、
さようならをするのは、いささか心残りになってしまう。
よって、これはエゴだ。

心を軽やかにし、
本当の自由へ向かい泳ぎだすための。

ζ(゚ー゚*ζ「楽しいこと、好きなこと、やりたいこと。
       そういうものを全部、ちゃんと思い出して初めて人間って言えると思うの」

男がそれらを否定するのだとしても、
退いてやるつもりはなかった。

( ^ω^)「好きにするといいお。
      ボクはボクのまま、ここにいるだけだお」

水平線の向こう側へ太陽が接触し始める。
外灯の一つもないこの場所は、時期に闇の支配下となるだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ今日は帰るね。
       明日からお楽しみに」

( ^ω^)「来るも来ぬもご自由に」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。そうさせてもらうわ」

楽しげに碧い目を細めた女は男に背を向け、
暗くなり始めた世界の内側へと溶け込んでいった。

94 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 20:59:11 ID:5q5FrGOY0 [10/41]
  
翌日、太陽が昇り、地表と海面を熱し始めた頃、
女は金糸の髪を揺らめかせながらやってきた。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう」

( ^ω^)「おはよう」

挨拶を返す男の手には、
古びたバインダーと何枚かの紙、そしてボールペンが握られている。

ζ(゚ー゚*ζ「ん? どうしたの?
       絵でも描くの?」

( ^ω^)「いや、キミがまたここに来ると言っていたから、
      会話の内容からデータでも収集しようかと」

ζ(゚ー゚;ζ「何それ」

こつり、と男はペン先で紙を叩く。
過去に見たことのあるその仕草は、
彼が何かを書きとめる前に行う癖だ。

ζ(゚-゚;ζ「私の会話データなんて取ってどうするのよ」

( ^ω^)「必要だからしているんだお。
      でも、これが不愉快というのならば、
      やめることも考慮に入れるお」

ζ(゚ー゚;ζ「んー」

95 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:00:06 ID:5q5FrGOY0 [11/41]
  
快か不愉快かで問われるのならば答えは後者だ。
しかし、男が能動的に何かを成そうとしている場面を見るのはあまりにも久々で、
人間らしさを取り戻してやろうと決意した女としては、
止めて良いものかどうなのか判断に迷うところであった。

ζ(゚ー゚*ζ「……いいよ」

( ^ω^)「そうかお」

ζ(゚ー゚*ζ「私の楽しい話をたくさん聞けば、
       あなたもその気になるかもしれないし」

楽しいことをすれば良い、といくら告げたところで男には効果がない。
押して駄目なら引いてみる。
どこぞの神話では、引きこもってしまった神様を連れ出すため、
皆で実に楽しげな宴を催したとも聞く。

存外、生や世界の楽しさをデータとして収集し、
客観的に見つめることで男も内側の奥深くに落ちてしまった感情を拾うことができるかもしれない。

( ^ω^)「なら、最近の食事について教えてほしいお」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、主導権はそっちが握るのね」

( ^ω^)「……すまんお」

ζ(゚ー゚;ζ「責めてないって」

手にしていた紙よりも下に落ちてしまった視線に、
女は男の持つ罪悪感を刺激してしまったのだと悟った。

96 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:00:31 ID:5q5FrGOY0 [12/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「えっと、食事だっけ」

下手な慰めより、確固たるデータを提供するほうが、
男の立ち直りが早いだろうと考えた彼女は宙へ目をやり、
昨日と今朝の食事を思い起こす。

ζ(゚ー゚*ζ「お魚さんと貝と、海草と――」

( ^ω^)「具体的な種類、量は」

ζ(゚ー゚;ζ「覚えてないよ……」

( ^ω^)「ふむ」

カリカリ、と紙の上をペンが走る。

( ^ω^)「この辺りに生息している魚はこんなところかお」

男は手にしていた紙を女へと向ける。
元は真っ白であっただろうそこは、
黒いペンのインクにより、多種多様な魚のイラストと名前で埋め尽くされていた。

ζ(゚Д゚*ζ「え、凄い。
       それ、今、描いたのよね?」

( ^ω^)「必要な技術くらい習得してるお」

ζ(゚Д゚;ζ「簡単に言ってるけど、そう簡単なことじゃないと思う」

97 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:00:56 ID:5q5FrGOY0 [13/41]
  
女が首を伸ばして紙をよく見れば、
細かな特徴まで言及され、イラストでも細部までしっかりと描写されていた。

( ^ω^)「量はともかく、どれを食べたかはわかるかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「えっと」

真っ白で細い指を唇にあて、
彼女は記憶と目の前のイラストを重ね合わせていく。

数種類の名前を伝え、ここ最近は同じ魚ばかり食べている、と告げれば、
男は首を縦に振って了承の意を伝えてくる。

一枚めくり、白紙のものにまた新たにペンを走らせた。
得たばかりのデータを書きとめているのだろう。

( ^ω^)「味はどうだったかお」

ζ(゚ー゚*ζ「美味しかったよ」

舌の上でとろける身や、食欲を誘う歯ざわりを思い出し、
女は至極満足げに表情を崩す。

( ^ω^)「特定のものを食べた後に体調が悪くなったりはしてないかお」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫。問題なかった」

98 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:01:40 ID:5q5FrGOY0 [14/41]
  
また白い紙に黒が増える。

問診ともいえる問答を繰り返し、
その度、男が紙を汚す音が波の音に紛れて消えていく。

( ^ω^)「ここに来ていない間は何をしてるんだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「お友達と遊んだりしてる」

( ^ω^)「友達」

男は首を傾げる。

ζ(゚ー゚*ζ「最近できたの」

( ^ω^)「それは、良かったお」

わずかに感情が揺らいだ。
不安、疑問、恐れ。

良に分類されない感情だろう、と女は予測するが、
細かなことまでは流石にわからない。
他者の感情の機微を突き詰められるほど、
彼女のコミュニケーション能力は高くなかった。

( ^ω^)「問題なく交友関係を築けているかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「もちろん。言葉も通じるし、一緒に泳いだり、
       貝殻探したり、お魚さんを獲ったりして遊んでるよ」

99 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:02:09 ID:5q5FrGOY0 [15/41]
  
そうして女は長く語り始めた。

友という存在の素晴らしさ。
他愛もない話をし、笑いあうことは心地良く、
共に海へ潜り、美しく揺れる光のカーテンをくぐることの解放感。

食事の好き嫌いで互いに首を傾げあい、
和解し、喧嘩をし、また顔を合わせることができる。

どれも、一人では得ることのできないものだ。

( ^ω^)「幸せかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。幸せ。
       昔より、ずっと、ずーっと」

桃色に染まる頬は、
彼女の言葉が本心であることを示している。

可愛らしい少女だ。
誰もが欲し、手を伸ばしかねぬほど、彼女は可愛らしく、美しい。

男はそっと目をそらし、黒で埋め尽くされた紙をめくる。

( ^ω^)「歌は?」

ζ(゚ー゚*ζ「え?」

( ^ω^)「歌、好きだったお?」

100 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:02:36 ID:5q5FrGOY0 [16/41]
  
そうだ、と女は過去を思う。

歌が好きだった。
静かな海の上を、自身の声が走り、跳ね、踊る。

時には友人と、仲間達と合唱し、
暗い世界を楽しげに彩った。

ζ( ー *ζ「……歌は、まだ、歌えない」

( ^ω^)「あぁ、その方がいいお」

沈み込んだ彼女に励ましを送るでもなく、
男は冬の海のごとき冷たさを返す。

( ^ω^)「もう少しすれば、キミは完全に自由になるお。
      歌はそのときまでとっておくお」

ζ( ー *ζ「そうね」

( ^ω^)「帰るのかお?」

ζ( ー *ζ「今日はそうする」

女は首元のチョーカーに触れながら男から離れていく。

( ^ω^)「協力、感謝するお」

ζ( ー *ζ「ふふ、そんな感情も、ないくせに」

101 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:03:23 ID:5q5FrGOY0 [17/41]
  
次の日、女はやってこなかった。
男は海を眺め、手元のデータに目を通し、
細かなまとめを別紙に作っていく。

時折、食事や、室内に設置されている計器の様子を見る以外、
彼は古びたテラスで同じ事を繰り返す。

単調な日々に嫌気はない。
無感情にただ、やるべきことをする毎日だ。

残り時間は数週間。
その後、どのように生きていくのかすら、
思考の外に追いやられていた。

( ^ω^)「海、か」

いっそ、身でも投げてしまおうか。
罪悪に塗れた魂も、母なる海は包み込んでくれると聞く。

かすんだ記憶の中で、
幼い頃の自分が母に泣いて縋る情景を見た。

きっと、彼女にも、あの子にも、あれにも、
そんな時間があり、存在がいたのだ。

無知は罪だ。
同様に、想像力の欠如もまた、罪。
覚悟のない行為も罪だった。

102 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:03:57 ID:5q5FrGOY0 [18/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「おはよう」

( ^ω^)「……今日は来たのかお」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。来ましたとも。
       あなたを人間にするという、重要任務のために」

女が笑えば海も笑う。
ちゃぷちゃぷとした波の音はきっと笑い声だ。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、昨日の話でもしましょうか?」

( ^ω^)「食事から」

ζ(゚ー゚*ζ「はぁい」

一昨日と然程、変わりのない食事内容。
友人と過ごし、海を行き、幸福な時間を過ごす。
合間、愚痴を言ったり、一人になりたくて岩の隙間に入り込んだりもしていたらしいが、
それだけのことで回復できてしまう程度のダメージだったのだ、と彼女は言った。

男は紙に、肉体、精神共に安定、と記し、
次を問おうと口を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「で、次はあなたの番」

彼の口から音が出る前に女が言葉を発する。
鈴の音というよりは、貝殻越しに聞こえる細波のような安心感を与える声は、
決して強い語調ではなかったはずなのに、男から反論の意思を奪っていく。

103 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:04:32 ID:5q5FrGOY0 [19/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「私ばっかりじゃつまらないもの。
       好きだったことでも、楽しかったことでも、昔の話でも。
       何でもいいから聞かせてほしいの」

人間は過去によって作られる。
時には振り返り、懐かしさや気恥ずかしさに浸るのもいいだろう。
感情があった時間の記憶は、きっと彼を人間に近づける。

女はそんなことを考えていた。
建前ではあるが。

ζ(゚ー゚*ζ「データとして必要なことは大体話し終わったでしょ?
       だから、そっちのデータを頂戴」

彼女は根に持っていたのだ。
自分が思っていた程の精神的ダメージはなかったけれど、
傷つかなかったわけでも、落ち込まなかったわけでもない。

代償を加害者に求めるくらいのことは許されてしかるべきだ。
無意味な問いかけとは言わせるつもりは一切なかった。

( ^ω^)「……研究は、楽しかったお」

妥協する気配のない雰囲気に、
男はペンを胸ポケットへ指し込み、
自分自身の過去を掘り起こす。

104 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:05:01 ID:5q5FrGOY0 [20/41]
  
( ^ω^)「ずっと、研究者になりたかったんだお」

幼い時分の夢だ。
親にねだっていくつかの図鑑を買ってもらい、
どこに行くにも必ず一冊は持ち歩いた。

生物、化学、物理、薬学。
年齢が上がると共に多くの分野を知り、
手広く学びを広げ続けた。

( ^ω^)「いつか、伝記に書かれるような研究をして、
      結果を出してやるんだって、思ってたんだお」

成績はいつも上位。
友人も多く、学校生活は順風満帆。
将来に対する不安など、何一つとしてなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「どんなお友達だったの?」

( ^ω^)「色々いたお。
      頭はいいのに馬鹿なことばかりしてる奴もいれば、
      教室の端でぽつんといるくせに話してみたら面白かった奴もいたお」

暖かな温度を持つ過去に触れているはずなのに、
男の瞳には冷めかけたコーヒー程度の温もりもない。

( ^ω^)「今頃、何をしてるんだか。
      大学院を卒業してから、一度も連絡を取ってないお」

ζ(゚ー゚*ζ「どうして?」

105 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:05:37 ID:5q5FrGOY0 [21/41]
  
( ^ω^)「それどころじゃなかったんだお。
      毎日毎日、データの採取に研究、実験」

同じ敷地内に設置されていた寮に帰る時間すら惜しく、
誰もが研究所で寝泊りを繰り返していた。

( ^ω^)「機密情報も多かったから、外部の友人と話すより、
      同じ研究所の人と話してるほうが気楽だった、ってのもあったお」

ζ(゚ー゚*ζ「あー」

女は過去に思考を飛ばし、間延びした声を上げる。

( ^ω^)「でも不満はなかったお」

大学院を卒業する頃に声をかけてくれたのは、
先進的な研究を行っていると界隈では有名な研究所だった。

天にも昇る気持ちを実感し、
男は親や親戚、友人達に自慢してまわっていた。

( ^ω^)「家族より、友人より、
      研究が大切だった。
      この結果が人類の未来に繋がってると思えば、
      やりがいも大きかったんだお」

失敗も成功も、等しく前進であり、
仲間達と進み続ける時間は生きる糧ですらあった。

106 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:07:48 ID:5q5FrGOY0 [22/41]

ζ(゚ー゚*ζ「続けて?」

( ^ω^)「……」

先を促す女に対し、男は無言を返す。
瞳は変わらずの空虚であったが、
彼が何を思い、言葉を消したのかを女は理解していた。

ζ(゚ー゚*ζ「私はあなたが知りたい。
       あなたが、どんな「人間」だったのかを、知りたい」

( ^ω^)「……今日は、もう終わりだお」

求める女の言葉を無視して男は海に背を向ける。
今まで、彼は女が姿を消すより早く家へ戻ることはなかった。

彼女が訪れなかった昨日でさえ、日が暮れ始める頃までは外にいた男だ。
太陽が未だ空高くで光り輝いている時間に踵を返すというのは異常事態であると言えた。
良くも悪くも、彼の感情が揺さぶられた証拠だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「明日、また来るから」

去り行く背に声をかけるも返される言葉はない。
海の音と鳥の鳴き声だけが世界に存在しているかのような空間で、
女は一人息をし、静かにその場から消えた。

107 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:08:45 ID:5q5FrGOY0 [23/41]
  
宣言通り、女は次の日もやってきた。
その次の日も、また次の日も、
以前のまま、飽くことなく男のもとを訪れ続ける。

男は女に日々の生活について尋ね、
女は恥じらいを見せることなく素直に答えていく。

時間を無駄に使うことなく行われるやりとりは、
彼がどれだけの質問を用意し、
女が楽しげに日々を語ったたところで昼時には終わってしまう。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたのお母様はどんな人だったの?」

海の水を手元でもてあそびながら女は対価としての問いかけをする。
時間が無為に潰されることを進言しつつも、
男は彼女の言葉を黙殺することはなかった。

一定の調子を外すことなく紡がれる平坦な声は退屈で、
数秒以下の狭間にある瞳の揺らぎや細く吐き出される息がなければ、
女はとうに行為をやめてしまっていたかもしれない。

( ^ω^)「優しい人だったお。
      美味しいパイを作るのが得意で、
      いつだってボクのことを信じ、見守っていてくれた」

ζ(゚ー゚*ζ「大切にされていたのね」

( ^ω^)「キミの……母親、は」

ζ(^ー^*ζ「もちろん、素敵なお母様だったわ。
       仲間の中でも一番綺麗だって評判で」

108 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:09:11 ID:5q5FrGOY0 [24/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「私の、自慢だった」

強い日差しを浴びて輝く笑みはどことなく悲しげで、
庇護欲を刺激するくせに全てを拒絶するようだった。

( ^ω^)「あぁ、それは、素晴らしい、おね」

ζ(゚ー゚*ζ「そうでしょう?」

どちらかといえば、二人は物静かなタイプだ。
男と比べれば幾分か明るさの強い女ではあるが、
ケラケラと笑うより微笑む方がずっと似合いで、
饒舌に話すよりも小さな唇で言葉を緩やかに紡ぐような存在だ。

日に何度も訪れる静けさは、
海と空と風と鳥だけが見つめ、
彼らの間にある世界を壊さぬように縫いとめる。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたは怒りっぽい人だった?
       それとも、よく泣く人だった?」

問いかけは一日に一つ。
女からの問いかけに男は時間をかけて答えていくため、
日にいくつも聞くことはできなかった。

( ^ω^)「あまり怒った記憶はないお」

ゆったりとした答え方は、過去を優しく掘り起こし、
丁寧にすくいあげてゆく様を表している。

109 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:09:39 ID:5q5FrGOY0 [25/41]
  
( ^ω^)「いつも、楽しくて。
      大変なこともたくさんあったけど、
      どうにかなると、思ってたんだお」

楽観的だった少年は、
成長し、大人になり、感情を消した。

ζ(゚ー゚*ζ「今は」

( ^ω^)「……とても」

目を伏せ、男は海の音に耳を貸す。

( -ω-)「とても、そうは思えないお」

未来など何も見えない。
大丈夫とは言えず、かといって絶望だと言うつもりもなかった。
閉じた視界と同じで、無がそこにあるだけだ。

ζ(゚ー゚*ζ「私が大丈夫だよ、って言ったら、
       あなたの背は軽くなる?」

( ^ω^)「まさか」

男はこのボロ屋に来て初めて笑う。
苦い、苦い、苦痛を飲み込んだ笑みだ。

110 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:10:15 ID:5q5FrGOY0 [26/41]
 
時が流れ、質問と答えを繰り返す。

ζ(゚ー゚*ζ「昔、あなたが働いていた時のことを教えて」

( ^ω^)「…………」

恒例を終えた女が問う。
男は彼女を見つめたまま黙する。

ζ(゚ー゚*ζ「さようならが来る前に知りたいの。
       これは、ごめんなさい」

碧い目で男を見上げていた彼女はそっと瞼を下ろす。

ζ(- -*ζ「あなたを人間に戻すためじゃなくて、
       私が、ただ、私が知りたいだけ」

隠された瞳の奥にある感情を探る術を男は持たない。
彼にできることは、答えか沈黙かの二択を選ぶことだけ。
そして、女にできることは、男が選ぶのを待つことだけ。

海が鳴る。
鳥が鳴く。

( ^ω^)「――始めは、薬を研究してたんだお」

自然の声が男の背を押した。

111 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:10:50 ID:5q5FrGOY0 [27/41]
  
( ^ω^)「病気の薬。成長を促す薬。日常で役に立つ薬。
      多様な分野の人間が情報を交換し合い、
      自分の専門へ還元していく、とても、良い研究所だったお」

海に落とすように、男は俯き加減で過去を語る。

( ^ω^)「実験もたくさんしたお。
      動物を使った臨床実験も繰り返した。
      酷い副作用が出て廃棄になった研究も山のようにできた」

実用化にまでこじつけることができた薬は、
研究所全体で数パーセントに満たぬ程度であった。
何も知らぬ人間であれば、たったそれだけ、と呆れるかもしれないが、
現場にいた男や仲間達はそれが充分すぎる数字であることを理解し、歓喜していた。

( ^ω^)「数年くらいして、動物実験の成果や経験を買われて、
      生物を担当することになったんだお」

ζ(゚ー゚*ζ「それは」

( ^ω^)「薬や遺伝子の操作を用い、
      人間にとって都合の良い生物を作り出す」

手法はともかくとして、古来より人間は自身達の勝手で生物の在り方を変えてきた。
狼を飼いならし、良き相棒としたように、
糸を得るため、蚕を自然の世界で生きられぬようしたように。

時代と科学技術が進み、領域が進んだだけだ。
少なくとも、男はそう考えていた。

112 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:11:27 ID:5q5FrGOY0 [28/41]
  
( ^ω^)「人間にとって害のある物質を食べ、無害化させる生物を作ろうとしたお。
      生み出しては毒を与え、死んでいく姿を見たお。
      より愛らしく、人間に従順で、賢い生物を作ろうとしたお。
      まともに生まれた個体は一つもなかったお」

酷いと誹られることではないはずだ。
世の中にある治療薬は動物実験の繰り返しによって完成されている。
食用の家畜も幾多の交配により、
より美味く、人間に手間をかけさせぬ種が作られてきた。

世の中にはそれらを批判する団体も多いけれど、
彼らはまだまだ少数派であり、
多くの人間は知りながら知らぬふりをし続け、人間社会を謳歌している。

( ^ω^)「あの日々が間違ってたのかどうか。
      ボクにはわからないお」

研究が誤りであったならば、
今の世界そのものが間違いであるはずだ。

しかし、当たり前に存在し、回っている世界は正常で、
犠牲の上にある社会が過ちであるとは、どうしても思えなかった。

( ^ω^)「きっかけさえなければ、ボクはきっと今もあそこにいたお。
      実験を続け、知識をつけ、
      もしすると、社会に名を残すことだってあったかもしれない」

113 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:11:53 ID:5q5FrGOY0 [29/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「きっかけ?」

男は目を閉じ、
深く息を吐き出す。

( ^ω^)「人魚」

読むことはできないけれど、
確かな暗さを持った瞳は今にも海に落ち、
そのまま浮かんでさえこないだろうと思わせるに足るものだった。

( ^ω^)「空想上の生物。伝説の生物。
      どっちでもいいお。
      実際にこの目で見るまでは、存在すら信じていなかったことに変わりないお」

同じようでいて、変化の多い日々の中に突如として運び込まれてきた水槽。
人が優に三人は入れるであろうそこに、件の存在は閉じ込められていた。

澄んだ水の中、苦しむことなく呼吸をし、
じっと研究員達を見ていた存在は、
誰もが知っているけれど、誰も知らぬ生物だった。

ζ(゚-゚*ζ「あなたは、そう、人魚を見て、驚いた?」

( ^ω^)「当たり前だお。
      頭が真っ白になって、数秒して、ようやく思考が動いて、
      今までにないような興奮だったお」

114 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:12:17 ID:5q5FrGOY0 [30/41]
  
ζ(゚-゚*ζ「それで――」

( ^ω^)「今日はここまで」

まるで講師が授業を終了を宣言するがごとく、
男はきっぱりと言い放つ。

女が空を見上げれば、
そこに太陽の姿はなく、
偉大な存在は水平線に幾分か体を沈み込ませていた。

ζ(゚-゚*ζ「暗くなっても構わないから」

( ^ω^)「二度は言わないお」

次を求め、手を伸ばす彼女へ背を向けた男は、
すたすたと室内へと入ってしまう。

となれば女が打てる対抗策など一つとてありはせず、
靄がかかったような気持ちを抱きながらそこを去るしかない。

ζ(゚-゚*ζ「……明日、必ず」

一度だけボロ屋を振り返り、
女は水音を一つたてた。

115 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:12:53 ID:5q5FrGOY0 [31/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「それで、人魚の話は?」

( ^ω^)「……気が変わることを期待してたんだけど、
      無駄だったみたいおね」

手にしていたボールペンの踊りが止まったところで、
女は素早く本題に切り込む。

男としては時間を置くことで女の気が変わり、
別の話題へと移行してくれることを期待していたようだが、
問屋はおろしてくれないらしい。

ζ(゚ー゚*ζ「残念でした。私はそんな軽くないの」

水面が波打ち、音を立てる。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたは人魚と出会い、何を思った?
       そして――」

海と同じ色をした碧い瞳は逃げを許さない。
男を閉じ込め、答えを要求する。

ζ(゚ー゚*ζ「どうして、ここへ来たの」

彼女は黒いチョーカーへ手をやる。
締め付けが苦しいのだろう。
首との間に隙間を作ろうと細い指を動かすが、
狭苦しいそこには爪を引っかけることしかできない。

116 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:13:34 ID:5q5FrGOY0 [32/41]
  
ζ(゚-゚*ζ「教えて」

( ^ω^)「いいお。話すお」

男は無感情に話す。

( ^ω^)「人魚は美しかったお。
      絵本で描かれていた通りの美しさは、
      きっと人によっては全財産をつぎ込んでも隣に置きたいと思わせるものだったお」

ζ(゚ー゚*ζ「あなた達はそうじゃなかった?」

( ^ω^)「そうだお。ボクらが欲したのは美しさじゃなかったお。
      人の姿をした上半身の遺伝子を欲し、
      伝説に聞く涙が、不死性が、事実であるかの確認を求めた」

半分は人と同じ姿をしている生物だ。
確認を取る必要もなく言葉が話せ、意思の疎通も問題なくこなせた。

下半身にさえ目を向けなければ、
それはただの少女であった。

( ^ω^)「血液を採取し、皮膚の一部と鱗を取った」

淡、と告げられた事実の裏側を二人は知っている。

閉じ込められた人魚はいつかの解放を餌に協力を余儀なくされた。
知能テストを受け、毎日検査を受け、
ほんの少しの痛みと大いなる不自由を課せられた。

117 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:14:02 ID:5q5FrGOY0 [33/41]
  
( ^ω^)「よく聞かれたお。
      いつになったら帰れるのか、と」

一週間、一ヶ月と過ぎ、一年が終わった。
人魚は海を求めた。
自由に泳ぐことのできる、広い世界へ帰りたいと。

( ^ω^)「全てが終わったら、とボクらは返したお」

遺伝情報が判明するたび、
伝説が真実であったと証明されるたび、
研究所は沸きたち、活用の方法、次なる調査について話し合った。

誰も人魚のことなど考えていなかった。
研究の対象として連れられてきた時点で、
それは所内にいる幾匹ものラットと同じ程度の扱いでしかなかったのだ。

( ^ω^)「……でも」

太陽が男の顔に影を作る。

( ^ω^)「ボクは、研究が続けられなくなった」

ζ(゚ー゚*ζ「どうして?」

( ^ω^)「話ができる。意思の疎通ができる。
      帰りたいと毎日泣いて、注射を見て怖いと震えて、
      あまりにも、あまりにも」

118 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:14:48 ID:5q5FrGOY0 [34/41]
  
(  ω )「可哀想だった」

研究員としてあるまじきことだった。
彼は実験対象に同情の心を抱いてしまった。

(  ω )「友達がこんな目にあってたら、
      ボクは絶対に許せないし、悲しいお。
      親でもそうだし、学校の先生くらいしか関わっていない人であったとしても、
      悲しい気持ちには絶対になるお」

外れかけていた部品が軽い衝撃で元に戻ったかのように、
突然に男は目の前にいる実験対象を個として認識したと言う。

真珠を零し、海と仲間を求める声は迷子の子供のようで、
善人でなくともつい足を止めてしまいそうな悲痛さがあった。
相手は人間ではない。
しかし、言葉は通じる。意思の疎通もできる。

そんな存在に対し、
研究と調査を繰り返した結果、
拷問まがいのことまでし始めてしまっている己に男は気づいた。

(  ω )「もう、実験はできなかった。
      人魚に対してだけじゃないお。
      ラットも、豚も、ウサギも、哺乳類は全部駄目になったお」

暖かな体温を感じ、悲しげな鳴き声を聞くと、
あの人魚のことを思い出すようになってしまった。

119 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:15:20 ID:5q5FrGOY0 [35/41]
  
(  ω )「研究員としてのボクの人生は終わったも同然だった」

後は衝動だった。

男は人のいない時間帯を見計らい、
人魚と共に研究所を脱出した。

陸上でも数時間程度ならば活動が可能である、という研究結果が出ていたことが、
彼の衝動を後押ししたのかもしれない。
追われる危険性を無視してしまえば、
脱出自体はそう難しいことではなかった。

(  ω )「ボクは別に、今でも実験を悪だとは思っていないお」

関わることができなくなってしまっただけで、
犠牲の上にある人間社会を否定する気は一切起きない。

( ^ω^)「最低だと思うかお?」

ζ(゚-゚*ζ「思わない」

女は言う。

ζ(゚-゚*ζ「自分の種が繁栄することを望むのは、間違っていないと思う」

男を見上げ、一瞬も目をそらすことなく。

ζ(゚ー゚*ζ「でも、自分が巻き込まれるのは嫌、かな」

120 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:15:53 ID:5q5FrGOY0 [36/41]
  
ζ(^ー^*ζ「今日がさよならの日よね」

( ^ω^)「そうだお」

全てを聞き、満足げな女は男に背を向け、
首にかかる金糸の髪を前へ流した。

ζ(゚ー゚*ζ「私、あなたのことを人間に戻してあげられなかった」

男はテラスから緑の大地へと移動し、
今日も穏やかに波打つ海へと近づいていく。

ζ(゚ー゚*ζ「最後は私のわがままで終わらせちゃったし」

正面から見れば普通の装飾品であるチョーカーだが、
背面側へ目をやればその異常性がわかる。

六桁の番号を入力しなければ取れることのないように設定されたそれは、
絶えず何処かへデータを送っているらしく、極小のランプが点滅していた。

ζ(゚ー゚*ζ「私は最低?」

( ^ω^)「キミは何も悪くないお。
      どうせ、こんなものは時間しか解決してくれないんだお」

波打ち際までやってきた男は手を伸ばす。
ペンだこと幾つかの引っかき傷や噛み跡を残したそれは、
お世辞にも綺麗とは言えなかったが、
彼が自身の仕事を真面目にこなしてきたことを悠然と語る。

121 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:16:28 ID:5q5FrGOY0 [37/41]
  
( ^ω^)「考えることは得意だお。
      時間はかかるかもしれないけれど、
      いつかは人間、に、戻れるかもしれないお」

甲高い音を立て、チョーカーが外れる。
滑らかな肌を伝い、海へ落ちたそれは浮かび上がることなく沈んでいった。

( ^ω^)「これで、キミはもう自由だお」

そこに異物があったことを思わせぬ白い肌は、
彼女の解放を意味している。

( ^ω^)「実験による影響はなし。
     体温、脈拍、血圧、全て正常値。
     対海中生物へのコミュニケーションも問題なく行えてるようだし、
     ボクがキミを診る必要ももうなくなったお」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう」

( ^ω^)「お礼を言われるようなことはしてないお。
      野生生物が元の環境で問題なく暮らせるようにするのは、
      当然の事後処理というやつだお」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、あなたがいなければ、
       私はまだあの研究所にいたはずだから」

女の目に涙が滲む。
待ち望んだ自由の光に、想いがあふれて止まないのだ。

122 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:17:09 ID:5q5FrGOY0 [38/41]
  
ζ(゚ー゚。*ζ

女は涙をそっと指ですくい、
いくつかの白い球体となったそれを男へ差し出した。

ζ(゚ー゚*ζ「あげる」

男は無言で首を横に振ったが、
彼女は諦めずさらに指を前へ突き出す。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたは私に酷いことをした。
       でも、助けてもくれた。
       そして、あなたは人間でありながら人間でなくなってしまった」

できることならば、人間としての心を取り戻させることで、
貸し借りをゼロにしたかったのだが、
出会って数年、心を許してわずか数週間、
さらには元被害者という立ち位置の彼女には叶わないことだった。

手渡される真珠はせめてもの贈り物だ。

ζ(゚ー゚*ζ「言葉と意思が交わされることによってあなたが私に情けを抱いたように、
       私もたくさんあなたの話を聞いて、
       そんな目のまま、悲しい存在のまま生きてほしくないと思った」

許す、許さないの話ではない。
もっと別次元で生まれ、向けられる感情だ。

123 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:18:03 ID:5q5FrGOY0 [39/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「もう二度と会うことはない。
       私も、あなたもそれを望むから」

情を抱いたとはいえ、
互いにとって良き思い出であったとは言えぬ二人だ。

片方が今まで人間から隠れ続け、伝説と化していた生物であることを差し引いたとしても、
今後の生で再会する可能性などゼロに等しい。
否、彼らにとっては示唆することさえ忌まわしいのかもしれない。

ζ(゚ー゚*ζ「これに価値があるのかどうか、私にはわからない。
       でも、私が渡せるものはこれだけだから。
       心残りを生まないよう、受け取ってほしいの」

捕らえられたことも、助けられたことも、
全て忘れ、未来へ泳ぎだすために。

罪悪感を抱いているというのならば、
対価を受け取ってくれ、と女は言った。

( ^ω^)「――わかったお」

男の手のひらに大粒の真珠が乗せられる。
光を反射し、美しく輝く白の光沢は、
価値を知らぬ彼でも一級品であるということがわかるものだった。

124 名前:名無しさん[] 投稿日:2018/07/25(水) 21:18:45 ID:5q5FrGOY0 [40/41]
  
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。
       そして、さようなら」

女が海へと消える。

男が最後に見たのは、
一瞬だけ海面に出た桃色の鱗をまとった尾。

( ^ω^)「さようなら」

静まり返った海を見つめ、男も別れを告げた。

もう、ここにいる理由はない。
ボロ屋の中に押し込めた機材ごと家を引き払い、
ここではない、海が見えない場所へ行かなければ。

ぎしぎしと音を立てるテラスへ足を下ろし、
最後にもう一度だけ海を見る。

光を反射し、輝く母は美しい。
二度と見ることの叶わぬ風景を男は目に焼き付けていた。




ζ(゚ー゚*ζ人魚がいた岬のようです( ^ω^)






( ^ω^)文戟のブーンのようです[テストスレ]

2018年

去年は紅白以外何も書かなかったようですが、
今年は今年で現行を一度投下しただけで終わってしまいましたね。

しかし、おかげさまで『(´<_` )悪魔と旅するようです』は無事、完結しました。
諸々は六月の記事に書いてあると思うので気になる人はどうぞ。

個人的には、長く続けていた現行を完結させることができたというのは、
非常に大きな意味を持ち、また成し遂げたな、という達成感でいっぱいです。
たくさんのレスもいただけてとても嬉しかったです。ありがとうございます。

あとブーン系といえば文戟が面白いですね。読んでます。
参加、投票については明言しません。

twitterの方にはちょこちょこ顔を出しています。
創作系の話題が出たら乗ってみたり乗らなかったり。
最近はどこぞの誰かさんに倣って小説投稿サイトにブーン系を改変したものを載せてみたり。
詳細はツイートしていませんが、そんな感じで近況? のようなものはたまに呟いています。

ブーン系こそあまり書いていませんが、元々小説を書くことが好きな人間なので、
友人とやったTRPGを元ネタにして書いて身内だけで楽しんだり、創作小説を書いたりはしています。
「だったらブーン系書けよ」とも言われてしまいそうですが、それとこれとは話が別、ということで一つ。
正直なところ、元々飽き性で、一つの場所に留まれない私ですので、年に一本程度とはいえ顔を出し続けてる方だな、と思っています。

この界隈に居続けることができた理由の一つに現行がありました。
一度人様の前に出したのだから完結させる。中途半端なことはしない。
『(´<_` )悪魔と旅するようです』を終わらせぬままブーン系を離れることはできない。そんな思いがありました。

そしてもう一つ、競う相手の存在です。
文戟の中でドクオもライバルは良いぞ、というようなことを言っていた気がしますが、同感です。
基本的に自己満足で文章を書き、投下していますが、それだけではいつか飽きてしまいます。
刺激となり、あいつがいるなら、とメモ帳を開きたくなるような相手が一人いるだけで、
書くということに対するモチベーションはかなり変わると思います。
これから作者側に回ろうと思っている人がいたならば、是非とも良いライバルを見つけてほしいものです。

私が年にほんの数回でもブーン系のスレに顔を出していたのは上記の二つがあったからこそでしょう。
現行が完結し、ライバルといえる相手も徐々にブーン系から遠のきつつある今、
気づけば私も離れていってしまうのだろうか、という思いもあります。

世代が少しずつ入れ替わっているのか、周囲から人が消えていくと少し寂しい気持ちにもなり、色々と考えてしまいます。
まだ書きかけのものがあったりもするので、いつかそれが出せればいいな、とは思っていますし、
別段、今すぐブーン系を離れるつもりはありません。文戟を見てるのは楽しいですし。

ブーン系は小説の感想を貰う楽しさを覚えた場所でもあるので、
もしも私がいなくなってしまったとしても何時までも残っていてほしいものです。
気が向いたら帰ってこれますし。

相も変わらずブログを書くのが下手なうえ、どことなく暗い話になってしまいましたが、みなさま2018年もありがとうございました。
また来年もよろしくお願いいたします。

最終話 投下完了

2012年に第一話を投下した「(´<_` )悪魔と旅するようです」がようやく完結しました。
6年間もお付き合いしてくださった方には感謝と謝罪の言葉を差し出したいと思っています。

全十話中、もっとも短いレス数が最終話、という、
個人的には「何とも締まらない終わりになるのでは」という懸念があり、
第九話からおよそ二年もの月日をかけてしまいました。

結果としては、無駄に長引かせることによるデメリットを考え、
当初の予定通りの短さで最終話を書き終えさせていただきました。
書いてる時間よりも、決断までの時間が圧倒的に長かった……。

追記の中にネタバレありで悪魔と旅するについて色々書いていきますので、
興味がある方は読んでやってください。

次回作に関しましては、現行を持つにしても、
一度書き終えてから分割で投下する、という形をとりたいと思っているので、
ずいぶんと先の話になりそうです。

数年前に開催されたラノベ祭りに投下予定だった話が中盤で止まっているので、
それが書き終えたときに現行として創作板(ファイナル)に投下したいな、と考えています。

2017年

紅白以降何も書かない一年になってしまいました。
文章のつなげ方や末尾に気を取られ続けるというスランプ(?)に見舞われております。
現在、ブーン系ではない小説を少しずつ書いて調子を取り戻す努力をしている最中です。

そんな言い訳をしつつ、悪魔と旅するも途中までは書いているのですが、もう少しかかりそうです。
来年こそは。きっと……。

というような一年でしたので、もはや語ることもなく、
紅白で勝ったことと、書きたいテーマの話がどうにかこうにか書けたことしか記憶にもありません。
あの時、すでに文章がわからなくなりはじめていたので完成させるのがとても辛かったです。
感想などを見ると私が悩んでいたことなど読み手にとっては何の問題もない部分なのだな、と少し気が楽になりました。
改めて書き始めるとまた気になる病が出てしまうのですが。

最近、twitterでは批評なども流行っていたようですが、私は遠目に眺めていました。
デフォルトがコミュ症なのでこんなものです。

それでは皆様、残り数時間ですが良いお年を。
また来年、機会があればお会いできますことを願っております。

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